たくしを船に救ひ上げた人達は、昔からの知り合で、毎日顔を見合つてゐる中であつたのに、その人達はわたくしの誰だといふことを認めることが出来ませんでした。丁度あの世から帰つて来た旅人に出逢つたやうな風でございました。その筈でございます。一日前まで墨のやうに黒かつたわたくしの髪が只今御覧なさるやうに真白になつてゐたのでございます。顔の表情もそのときまるで変つたのださうでございます。わたくしはその人達にこの経験談を致して聞かせました。併し誰も信じてくれるものはございませんでした。その経験談を只今あなたにも致したのでございます。多分あなたはロフオツデンの疑深い漁師とは違つて、幾分かわたくしの詞を信じて下さるだらうと存じます。」



底本:「鴎外選集 第15巻」岩波書店
   1980(昭和55)年1月22日第1刷発行
初出:「文藝倶楽部 一六ノ一一」
   1910(明治43)年8月1日
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2009年1月14日作成
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