るやうにといふよりは、飛ぶやうにといひたい位な走り方でございました。そして段々渦巻の中の方へ寄つて来まして、次第に恐ろしい内側の縁の所に近寄るのでございます。」
「この間わたくしは檣の根に打つてある鐶を掴んで放さずにゐました。兄きはデツクの艫の方にゐまして、舵の台に縛り付けた、小さい水樽の虚《から》になつてゐたのに、噛り付いてゐたのでございます。その水樽は、船が最初に暴風に打つ附かつたとき、船の中の物がみな浚つて行かれたのに、たつた一つ残つてゐたのでございますね。」
「そこで渦巻の内側の縁に近寄つて来ましたとき、兄きはその樽から手を放してしまつて、行きなり来てわたくしの掴んでゐる鐶を掴むのです。それが二人で掴んでゐられる程大い鐶ではないのでございます。兄きは死にもの狂ひになつて、その鐶を自分で取らうとして、それに掴まつてゐるわたくしの手を放させるやうにするのでございます。兄きがこんなことをしましたとき程、わたくしは悲しい心持をしたことはございません。無論兄きは恐ろしさに気が狂つて為《し》たことだとは知つてゐましたが、それでもわたくしはひどく悲しく思ひました。」
「併しわたくしはその鐶を
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