点ぜし街燈に映じたり。いろいろの異様なる衣《ころも》を着て、白くまた黒き百眼《ひゃくまなこ》掛けたる人、群をなして往来《ゆきき》し、ここかしこなる窓には毛氈《もうせん》垂れて、物見としたり。カルルの辻《つじ》なる『カッフェエ・ロリアン』に入りて見れば、おもひおもひの仮装色を争ひ、中に雑《まじ》りし常の衣もはえある心地《ここち》す。みなこれ『コロッセウム』、『ヰクトリア』などいふ舞踏場のあくを待てるなるべし。」
かく語る処へ、胸当《むねあて》につづけたる白|前垂《まえだれ》掛けたる下女《はしため》、麦酒《ビール》の泡だてるを、ゆり越すばかり盛りたる例の大杯《おおさかずき》を、四つ五つづつ、とり手を寄せてもろ手に握りもち、「新しき樽《たる》よりとおもひて、遅《おそ》うなりぬ。許したまへ」とことわりて、前なる杯飲みほしたりし人々にわたすを、少女、「ここへ、ここへ」と呼びちかづけて、まだ杯持たぬ巨勢が前にも置かす。巨勢は一口飲みて語りつづけぬ。
「われも片隅なる一榻《いっとう》に腰掛けて、賑はしきさま打見るほどに、門《かど》の戸あけて入《い》りしは、きたなげなる十五ばかりの伊太利栗《イタリアぐり》うりにて、焼栗盛りたる紙筒《かみづつ》を、堆《うずたか》く積みし箱かいこみ、『マロオニイ、セニョレ。』(栗めせ、君)と呼ぶ声も勇ましき、後につきて入りしは、十二、三と見ゆる女《おみな》の子《こ》なりき。旧《ふる》びたる鷹匠頭巾[#「鷹匠頭巾」の右に《たかじょうずきん》、左に《カプウチェ》とルビ、43−14]、ふかぶかと被《かぶ》り、凍《こご》えて赤うなりし両手さしのべて、浅き目籠《めご》の縁《ふち》を持ちたり。目籠には、常盤木《ときわぎ》の葉、敷き重ねて、その上に時ならぬ菫花《すみれ》の束を、愛らしく結びたるを載せたり。『ファイルヘン、ゲフェルリヒ』(すみれめせ)と、うなだれたる首《こうべ》を擡《もた》げもあへでいひし声の清さ、今に忘れず。この童《わらべ》と女の子と、道連れとは見えねば、童の入るを待ちて、これをしほに、女の子は来しならむとおもはれぬ。」
「この二人のさまの殊《こと》なるは、早くわが目を射《い》き。人を人ともおもはぬ、殆《ほとんど》憎げなる栗うり、やさしくいとほしげなるすみれうり、いづれも群《むれ》ゐる人の間を分けて、座敷の真中《まなか》、帳場《ちょうば》の前あ
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