を見つめたり。見つめらるる人は、座客《ざかく》のなめなるを厭ひてか、暫《しば》し眉根《まゆね》に皺《しわ》寄せたりしが、とばかり思ひかへししにや、僅《わずか》に笑《えみ》を帯びて、一座を見度《みわた》しぬ。
 この人は今着きし汽車にて、ドレスデンより来にければ、茶店《ちゃみせ》のさまの、かしことここと殊《こと》なるに目を注ぎぬ。大理石の円卓《まるづくえ》幾つかあるに、白布《しらぬの》掛けたるは、夕餉《ゆうげ》畢りし迹《あと》をまだ片附けざるならむ。裸なる卓に倚《よ》れる客の前に据ゑたる土やきの盃《さかずき》あり。盃は円筒形《えんとうがた》にて、燗徳利《かんどくり》四つ五つも併せたる大《おおい》さなるに、弓なりのとり手つけて、金蓋《かなふた》を蝶番《ちょうつがい》に作りて覆《おお》ひたり。客なき卓に珈琲|碗《わん》置いたるを見れば、みな倒《さかしま》に伏せて、糸底《いとぞこ》の上に砂糖、幾塊《いくかたまり》か盛れる小皿載せたるもをかし。
 客はみなりも言葉もさまざまなれど、髪もけづらず、服も整《ととの》へぬは一様なり。されどあながち卑しくも見えぬは、さすが芸術世界に遊べるからにやあるらむ。中にも際立《きわだ》ちて賑《にぎわ》しきは中央なる大卓《おおづくえ》を占めたる一群《ひとむれ》なり。よそには男客のみなるに、独《ひとり》ここには少女《おとめ》あり。今エキステルに伴はれて来《こ》し人と目を合はせて、互に驚きたる如《ごと》し。
 来し人はこの群に珍らしき客なればにや。また少女の姿は、初めて逢《あ》ひし人を動かすに余《あまり》あらむ。前庇《まえびさし》広く飾なき帽《ぼう》を被《か》ぶりて、年は十七、八ばかりと見ゆる顔《かん》ばせ、ヱヌスの古彫像を欺《あざむ》けり。そのふるまひには自《おのずか》ら気高《けだか》き処ありて、かいなでの人と覚えず。エキステルが隣の卓なる一人の肩を拍《う》ちて、何事をか語《かたり》ゐたるを呼びて、「こなたには面白き話一つする人なし。この様子にては骨牌《カルタ》に遁《のが》れ球突《たまつき》に走るなど、忌《いま》はしき事を見むも知られず。おん連れの方と共に、こなたへ来たまはずや。」と笑みつつ勧《すす》むる、その声の清きに、いま来し客は耳|傾《かたぶ》けつ。
 「マリイの君のゐ玉ふ処へ、誰《たれ》か行かざらむ。人々も聞け、けふこの『ミネルワ』の仲間に
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