がかじられるか知れねえからよ」などと残念がる者もあった位。
 事実、村長はやめても、村農会長、消防組頭、いや、村会へまで出しゃばって、隠然たる存在ではあったのである。
 そういう津本新平は今年六十五歳、家柄ではあるが別に財産はなかった。若い頃、剣が自慢で、竹刀の先に面、胴、小手をくくりつけ、近県を「武者修業」して歩いたり、やがて自分の屋敷へ道場を建てて付近の青年に教えたり、自称三段のこの先生は五尺八寸という雄偉なる体躯にもの[#「もの」に傍点]を言わせて、三十歳頃から政治[#「政治」に傍点]に興味を覚え、そして運動員として乗り出し、この地のいわゆる「猛者」として通るようになったのであった。
 村会から郡会、郡が廃されてからは県会と、彼はのし[#「のし」に傍点]上った。他を威嚇せずにおかない持前の発声とその魁奇なる容貌――その頃から左の頬へぶら下りはじめた瘤のためにますますそれはグロテスクに見え出した――政×会に属していた彼は、一方県警察部の剣道教師という地位からか、この地方の官憲と気脈を通じているという噂のために一層「貫禄」が加わった。
 したがって彼が県議をやめて村長になった当時は、
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