いえば親父は中地派で、内々では津本反対の一人でもあったのだ。津本が数千円の穴をあけっぱなしで村長を辞めたあとの尻ぬぐいを中地がおめおめとやるのについて強く反対し、瘤に赤い着物をきせろ、とまでいったのも彼であった位で……が、本来弱気のこの長老はそれ以上表立って津本をどうすることも出来なくてしまったのである。
それにしても村人にとってこれは一つの「伝統」であった。反津本派で通った親父の忰も、同様に反津本派でなければならぬ。そして全村内で反津本派と目されているのは、現助役の杉谷と他の三人の村議――それから有志と称せられる連中からすぐって見たら十数名はいることであろう。これらすべてが一心同体になれば津本を蹴落すことは決して不可能ではないにも拘らず、そこには表立って行動するだけの気概のある人間がいなかったのだ。
「若いものの元気でやってもらわなければ、村はますます貧乏するばかりだ。ひとつ、村のためだと思って、どうでしょう……」
改選期も迫るや、田辺定雄は、二三の有志からついに正式交渉を受けるまでになったのであった。彼は躊躇しないではなかった。が、半面には「名村長」と一戦を交えるのも退屈しのぎ
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