だ。取れねえはずよ、多少土地を持っていた人間にせよ、いまでは銀行の方だって間に合うめえから、同じ穴の連中のやっている組合の方なんか見向きも出来るもんか。」
田辺の家でも、役こそしてないが、組合の創立委員の一人として、二十五口かを出資しているはずであった。いざ清算となれば、それではどれほどの補償金が背負わされるか分ったものではない。
薄氷の上に建てられた楼閣のような組合の内幕から、それに関連して、Sという大字《おおあざ》の連中は最初から組合の機能に疑問をいだいて加入せず、主として町の銀行から融通したが、それが最近頻々として差押処分を食っているという話になった。
「銀行と来ては用捨《ようしゃ》はねえからな。借りにゆく時はこっそり誰にも分らず行けるからいいようなものの、いざとなればよ。」
S大字の土地は大半町の金持連の手に渡って、昨日の地主、いまは内実は小作人であると言う。
それから話は村農会のことに移って、ここも何らの仕事もせず、会長である瘤以下の役員の給料源でしかないというのであった。ところが、ここで話は一転して、最後に、こういう内情にある村そのものを、とにかく、ぼろ[#「ぼろ」に傍点]を出さずに「治め」て行くには、瘤のような腕力のすぐれた、県の役人など屁とも思わない「猛者」――これについては※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]話があるのだが、――でなければ出来ないことであろう――いや、並大抵の人物では、組合も清算を要求されるであろうし、農会もやっつけられるであろうし、そうすれば勢い、役場そのもの、村そのものも打潰されずにはいまい。瘤が頑張っているから、この村はなんとかかんとか保っているようなものの、奴がいなかったら畦一本残らず、他の町村へ持ってゆかれなければならぬであろうという者が出て来た。
意外な瘤礼讃を聞くものかなと田辺はびっくりしてその話し手を眺めずにいられなかったのである。全村民の与望を荷って出馬したものとばかり考えて、多少英雄的な気負いさえ感じていた彼は、事ここにいたって瘤に対し、ないし村民に対しての自分の評価、考え方を訂正しなければ、自分自身がどんな陥穽にはまるか分らないと考えるようになった。
四
瘤村長に対する全く矛盾したこの村民の態度――一方においては自分達を喰うところの悪鬼的な存在として憎悪・排撃するかと思うと、一方においては腕力的防護者として、彼にたよる気持――それはどう解釈したらいいのであろうか。田辺定雄はしばし混迷の中を彷徨しなければならなかったのである。
そこで彼は「瘤のような腕力のすぐれた、県の役人など屁とも思わない……云々」という瘤礼讃の根拠を想い出した。それは彼もうすうす聞いて知っている村基本財産査閲事件――津本が県会議員をやめて「名村長」、大もの村長として自分の村に君臨して縦横の手腕を揮っていた時分、誰の差し金かは分らぬが――恐らく彼に反対する一派のものの投書によってらしかったが――抜打ち的に県から二人の役人がやって来て村の金庫をあらためようとした。不意を食った村当局は周章狼狽、蒼白になって手も足も出ない始末であったが、急をきいてやって来た津本村長は悠然として、応接間に二人の役人を招じ、さて金庫を背に、例の人を威嚇するような音声で「この帳簿に記載してある通り基本財産は一文も缺けずこの中に入っている。それはこの俺が首にかけて証言するから、その旨、このままお帰りになって報告してもらいたい。」
しかしお役目大切とのみ思いこんでいて、融通のきかない[#「融通のきかない」に傍点]県の役人は、村長のその言を信用せず、あくまでも金庫の中をしらべようとして、鍵を要求した。すると瘤村長はいきなり突っ立ち上って鍵をポケットから引っ張り出し、「さア鍵はここにある。だが、俺の言明を信用しないというんなら、俺にも覚悟がある、いや、信用させて見せる。」
言ったかと思うとやにわに自分の座っていた椅子を逆さまに引っつかみ、大上段に振りかぶり、きっと二人を睨み据えた。二人の役人は検印もそこそこに退却してしまった。
改めて瘤礼讃の一席を弁じた男を考えた田辺定雄は、今やその「何故か」を了解したと思った。彼もまた瘤の腕力によって自分の金庫を――整理すれば空っぽにならなければならぬそれを護ってもらいたいのだ。そしてそのためには多少は喰われたって仕方がないと打算しているのだ。「うむ、村民の中には、そういう考え方をしているもの――つまり瘤を必要とするような状態のものもあるわけなんだ。」
「しからば俺は一体、どちらを代表すればいいのだ。悪鬼の如く排撃する方の側か、それとも多少は喰われても薄氷上の財産を擁護してもらいたい方の側か……」
とかくするうちに村会の日がやって来た
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