かも知れないという持前の茶気さえ出て来たし、それに何よりもまず瘤式の無謀な村政をつづけられたのでは、数年ならずして自分の家など潰滅してしまわなければならないであろう。
「皆さんの期待に添うことが出来るかどうかは分らないですが、とにかく、それでは出るだけでも出て見ますかね。」
 田辺青年は腕を拱《こまね》いてそう答えたのであった。

     三

 予期以上の票数を集めて彼は村会の椅子を獲得することが出来た。殆んど全部が再選で、依然として瘤派が五名、反対派と目されるもの――実際は甚だしく頼りない連中だったが……二名、そして彼自身、という分野になった。吏員のうちでは助役以外、老収入役がアンチ瘤派と思われていたが、これもなんらの力にはならず、杉谷助役でさえどれだけの肚をもっているのか――恐らく二年間の村長の空席には、自然と自分がのし上るべきものと取らぬ狸の……をきめ込んでいた矢先へ、のこのこと瘤の野郎に乗りこまれたのが癪で……位のところかも分らなかったのである。事実この中老助役は、葭簀張りの小学校舎をつくった時代にあっては瘤から頭ごなしにやられていた一戸籍係にすぎなかったのだ。他の二名の村議――一人は新顔で、年齢も若く田辺と共に三十五六歳、気骨もあるらしかったが、――これとて未だ海のものか山のものか分りはしない。
 結局、「孤軍奮闘」は覚悟しなければならない状態だった。田辺定雄とて、それは最初から――出ると決意した以上――免れ得ぬ事実と考えていたので、あえて驚きはしなかったが。
「なアに、無言の、村民の正義感が百万の味方さ。俺は彼らのために、一人でやるよ、やるとも……」
 それにしても今や容易ならぬ事情に村それ自身が、および彼自身がまた、乗り上げてしまっていることがようやく解ってきた。それは部落のお祭の日であったが、少し酔いが廻ったところで、人々の口は新村議の前でかたい堰をこんなふうに破ったのである。
「とにかくここで一洗いざあッと[#「ざあッと」に傍点]洗われて見ろ、村全体根こそぎ持ってゆかれたって足りやしねえから。」
 ふと、大仰に言っている声に振り向くと、それは造化の神が頭部を逆に――眼鼻口は除いて間違えて付けたのではないかと思われるほど頬から※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]へかけて漆黒の剛毛が生え、額からあたま[#「あたま」に傍点]の素天辺はつるつるに禿げている森平という一小作農であった。彼が最近、村の産業組合からたった一枚残っていた一反五畝歩の畑を「執行かけられ」取り上げられてしまったことは誰一人知らぬものはなく、そしていま、その彼が大仰な身振りではじめた話も、実は組合の内幕についてなのであった。
「何しろお前、看板はかけて置くけど事業というものは何ひとつしねえで、それで役員らは毎月缺かさず給料取っているんだから……」
 すると、
「事業やってねえわけでもねえけんど」と古くから組合の世話人をやっている半白の老人が弁解するように言った。「肥料の配給、雑貨の仲つぎ……。でもあれ[#「あれ」に傍点]だよ、みんな組合を利用しべと思わねえから駄目なんだよ。」
「そりゃ誰も利用なんどするもんか、反対にこちと[#「こちと」に傍点]が利用されっちまア。雑貨と申せばどこかの店の棚ざらしか、三日も着ればやぶけるようなものばかりだし、肥料と申せば分析表ばかり立派で……まア、それもいいが現金販売ときては、われわれ貧乏人にゃ手が出めえ。」
「改革しなくちゃ駄目だ、あれでは……」と言ったものがある。すると森平親爺は、
「改革もへっちゃぶれも、もう出来るもんか。県連の方から融通受けた金の利子さえ払えなくて、毎期、俺たちのような下っ端の、文句のいえねえ人間の、僅かばかりの借りをいじめて、執行だ、なんだって……それでようやく一時のがれやっているけんど、いまにそれが利かなくなったら清算と来べえ。そしたら見ろっちだから、理事様らの身代百あわせたって足りやしねえから……組合員の田地田畑根こそぎ浚っても、まだまだ足りねえから……」
「どうしてまたそんなことに――」
 田辺が訊ねると、森平は薬罐頭を一振りふりたて、漆黒の髯の中から唾をとばしつつ始めた。
「たまるもんかお前、あの大正六七年の好景気時代に、そら貸す、そら貸すで、碌な抵当もとらずどしどし有志らへ貸し出してよ、それであの瓦落《がら》くって土地は値下り、米も値下り、繭も何もかも八割九割も下っちまったんだもの――いや、そればかりならまだいいんだよ、瘤らはじめ、無抵当の信用貸ちうのが幾口何万あるか分らねえんだから……役場員だ、村の有志だっちう人間には、全くひでえ奴らよ、判一つで何百何千でも貸したっちうんだから……無論《むろん》そいつがみんな、いまもってこげついているってわけさ。利子だって取れやしねえん
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