さよは無論のこと、今年入学したばかりのおちえまで学校を休ませ、そして留守居させての、文字どおり一家総動員の田植作業であった。旱魃を懸念された梅雨期の終りの、二日間打つづけの豪雨のおかげで、完全に干上ろうとしていた沼岸の掘割沿いの田が、どくどくと雨水を吸い、軟かく溶けて来ていたのだ。
 明け放れの早い六月の空には何時か太陽が昇って、沼向うの平野はひときわ明るく黄金色に輝き出していた。風もなく、紺碧の沼は崇厳なほど静かだった。やがて浩平一家のものは、よちよちと蟻が長い昆虫を運ぶような恰好をして、勝が、むしろ鋤簾そのものに曳きずられるようにしてやってくるのを殿《しんがり》に、丘を下りて掘割に沿い、自分の作り田へ着いた。そのとき黄金の光りは此方《こちら》――丘の裾の長く伸びた耕地にまで輝き渡って来た。畑地の方の薄い靄を含んだ水のような空には、もう雲雀《ひばり》が高く揚《あが》って、今日一日の歓喜を前奏しつつあった。
 荷を下ろすより早く彼らは各自仕事にとりかかった。おせきは万能を手にして代田《しろた》の切りかえしであった。由次は掘割へ自分の持って来た長柄の鋤簾を投げ込んで、そして泥上げである。
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