ある。それに毎週金曜日に東京から出張してくるはずだときいた当の弁護士、博士、何某なる人物とも、ぜひ一度は遇って、あの差し紙を撤回してもらわなければ物騒で、一日として安心してはいられないからでもあった。
 ところで、几帳面に、雪空にも拘らず出張して来た弁護士が、二人の事務員を使って、せっせと書きものをしている一室へ通された。やがて此方《こちら》へ向き直った博士に、ぼつぼつ事情を訴えたが、博士のいわく、若旦那からは何もきいていない。たとい聞いていたにせよ、この方のことはいっさい自分が責任を負っているので、若旦那には口を出す権利はない……。流暢《りゅうちょう》な東京弁で一気にまくし立てられるばかりか、その隼のような、じっと見据えられる眼に出遇っては、儀作はもはや一言も口がきけなかった。そこには、何か眼に見えぬ、冷厳な重圧が渦をまいていて、人を慄然たらしめるもの以外、何物も存在しなかった。
 燃えさかるストーブの火と博士の弁舌にすっかり汗をかいてしまった儀作は、阿呆のような恰好で古谷邸を辞去した。さて、あの博士に対抗して口のきけるのは、例の『荒蕪地』の払下げについての村人のすべての借金の奔走を
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