ていたのを知ったのであった。
 第一、炭運びが出来やしない、書き入れ時だというのに。そればかりでなく、戦時下の増産計画で、共同馬耕をつい先日協議したが、それも……村では、牡馬はよほどのよぼよぼでない限り、とうに徴発されてしまって殆んど残っていなかったのだ。
 結局、どうしてここを切りぬけたらいいのか。
「……やはり、娘に助けて貰うことにしたって――」その日一日、ぽかんとして家の周りをぶらついていた翌朝、彼の耳へ、今もってぶらぶらしている女房からそんなことが伝えられた。洋服を着た周旋屋がきょろきょろと隣村の停車場から下車して、この部落へも姿を現すのを彼とて知らぬわけはなかった。軍需景気で、東京方面ではそういうものがいくらでも必要だということも。
 しかし、儀作は女房の一言にかっ[#「かっ」に傍点]となって、
「ばかッ」とどなった。
「ばかッ、そういうまねは、流れ者か、碌でなしのすることで、れっき[#「れっき」に傍点]とした先祖代々からの百姓のすることだねえど。この青瓢箪。」
「でもそんなことを言ったって、馬にゃ換えられめえ。」
「ばかッ……」
「俺、お美津にきいて見ッから。」
 お美津はそのとき、封印された馬に新しい切藁を与えていた。飼葉桶を内側へ入れようとすると、馬はいつものように鼻で言葉をいうように首を押しつけてくる。「こら、そんなことして……これ、汚れるからやだよ。――そんなことしねえたって、やるからそれ……あら、こんなによだれだらだら、俺げくっつけて……」
 それからお美津は、厩の前を掃除して、その掃き屑を塵取りに入れ、屋敷のすみの柿の木の下へ掘った穴へ棄てにゆく。鶏の群が何か餌でもくれるのかと思って、ぞろぞろとそのあとを追う。ねんねこ絆纏をまだ脱ぎもせず、長い、雪に埋もれた冬の間、火もない土間で、夜まで繩をなったために、手は霜焼けに蔽われ、髪の毛はかさかさにほおけ立って見える。十七とはいえ、まだ女にならぬであろう小さい臀部が――
「ばかッ、聞いてみなくたっていい。」
「清作さんら家の、おみさも行くというし、あれも、たしか、うちのお美津と……」
「いいから、そんなこと、つべこべ……」
 儀作は女房めがけて一撃を加えたい衝動にかられてきたので、急いで厩の前の、お美津がいまのいま掃除した地面の上へ大きな足あとをつけて馬の方へ歩みよった。仔馬のうちから自分の子供のよ
前へ 次へ
全13ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
犬田 卯 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング