でこぼこ」に傍点]顔を思いきりにこにこさせて、
「お通姉にも似合わねえ、そんな愚痴、……今日は俺さまが奢るから、さア、早く支度しろ。」
「売れ残りら三人で来た、あれ、見ろ……なんてひやかされるばかしだから、俺、やだ、お前ら二人で早く行け。」
「みものだわよ、どれを取っても十銭均一、なんて正札ぶら下げて行くのも。」
 これはお民である。
 二人の友達は、どんなことがあってもお通を連れ出さなければ承知しないというように縁側へ並んで腰をもたせかけた。そして話は彼女らがあの日……お通が蟇口を失くした「間のわるい日」に、どんなものを町で買って来たかに落ちて行った。お梅は本絹[#「本絹」に傍点]の帯を一本買ったというし、お民はまたこれも本絹[#「本絹」に傍点]の御召を一反買ったといってはしゃいだ。本絹も本絹「材木から取った本絹よ」でお通の「毒気」を抜き、それから自分たちがいくら丹精して蚕を飼っても、その蚕から取った本絹の着物など夢にも着れない現状を、げらげらと明けぱなしでけなすのであった。
 お通もいっしょに笑っていたが、ふと口を切った。
「あれ、まだ残っているか知ら。お前ら見なかった……」
 娘たちが店へ入れば店員が見せるものは大方きまっている。二人の友達もきっとあのレーヨン錦紗の幾反かを見せられたに相違ない。いや、自分からそういって買っても買わなくても見せてもらったに相違ない。
「どんな模様のよ、それ。」
 こんな模様だったと図にまで描いて「論議」した揚句、ついにそれならまだちゃんと残っていたっけ、ということになった。もっとも一反や二反売れても、あとにまだそれくらいはしまいこまれていたのかも知れないが、とにかく、それらしいのは残っていたことがおおよそ確実だった。
「じゃ、きっと有るな」と叫んだお通の顔は急に晴々しかった。
「有る、有る……」
「有っても銭がないとくらア、ばかだな、この人は。」
「可哀そうなはこの子でござい、か。」
「兄貴から取っ剥がすさ。」
「なアんで、そんなこと……そんなこと出来るくらいなら、はア、俺だって十円や十五円なくしたって、何でくよくよするもんか。」
「俺話して出させっか。」
 ぺろりと舌を出してお梅さんがうつむいた。思いなしか顔がぱっと赤かった。
「それ、それ……」とお民がはやすと、
「でも、あの兄さん、いい人があるんだから俺らことなんか鼻汁《はな》も……の方なんだから、駄目の皮。」
「そうでもあるめえで……」
 といって三人で笑い声をあげたとき、その当の和一が牛車を曳いてかえって来た。彼は娘らを見るとてれ[#「てれ」に傍点]臭そうに「はア、花見か、暢気だな」とつぶやきながら、娘たちから何かいわれないうち……といったように、屋敷尻の柿の木の下の方へ急いで行ってしまった。
「ほら、きっと大丈夫よ」とお民が急に張り込んで、「はア、なんとか……かんとかなんて明後日の方つん向いててれ[#「てれ」に傍点]たところをみると、まんざらでもなさそうだったじゃないの、お梅ちゃんがいえば、うまくいくよ、きっと、なア、お梅ちゃん、だんぜん、買わせっちまえよ、その売れ残り。」
 またしても三人で笑い声をあげたが、その下からお通が、
「ああ、やだやだ、俺ら止めた、売れ残り[#「売れ残り」に傍点]なんて言われてやア[#「やア」に傍点]になっちまった。こちとら[#「こちとら」に傍点]みてえで……本当に、このぶす[#「ぶす」に傍点]のお民は、時々そんなとっペつもねえこと言うんだから。」
「だって売れ残りだねえか、売れ残っているんだもの。」
「でも、残りものに福があるって言うじゃない」とお梅がいった。
「そうら見ろ、あれ買って来ると、きっといい話があるから……はア、あんたの思いがかかっているんだもの、なんで誰にも手が出るもんか。」お民が重ねて言った。
 そのときは何の気なしに、ただ笑って、冗談として聞きすてたが、あとで、ひとりになって考えてみると、お通はやはり、人のいう運というようなものがあるような気がした。あのレーヨン錦紗がちゃんと残っている……きっと俺のものになる運命なんだ。
 と同時に、自分の生涯のことについても、それは適用出来そうだった。売れ残りとでも何とでも好きなように言うがいい。そのうちに、きっと、あれだから……
 お通は再び麦さく切りに出た。早くそれを終《お》やしてしまって、別にまた小遣銭をかせぎため、そして自分を待っているあの錦紗を買いに……と思うともう胸が弾み出していた。



底本:「犬田卯短編集二」筑波書林
   1982(昭和57)年2月15日第1刷発行
入力:林 幸雄
校正:松永正敏
2007年12月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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