き、蟇口持って出たっけかな、お母さん。」
「蟇口失くしたのか。」
「無えんだけどな、どこを探しても……まさか途中で落したはずもあるめえと思うんだけど。」
「おいや、それでは持ったつもりで持たなかったかな。」
 で、二人で家中を探してみた。つぎには庭先から往還まで、さらに畑道の方まで、坂の中途で母親はとうとう息をきらして道芝の上へ腰を下ろしてしまった。
「何だや、まア、どうかしたのかい」と訊ねる村人へ、彼女は正直に打ち明けた。
「お通がさっき蟇口失くしてなイ――」
「まア、いくら位入っていたんじゃ。」
「ちっとばかりはちっとばかりだが……」
「まア、それでもなア……どの辺で失くしたんだっぺ。」
 お通は母にはかまわず、もう一辺国道を探して見たが、やはり見付からなかった。すごすごと帰って来ると、母が部落の入口で、その辺に遊んでいた五六人の子供をつかまえ、そしてくどくどと尋ねていた。しかし子供らは誰もそんなものは拾わぬという。さては、それでも俺達も探してやるといって畑道から往還へかけて、さらに坂の下まで、草の中を掻き分けたり、枯れたままの道芝を叩いたりした。
「はア、誰かに拾われてしまったんだよ。お通や」と母親はついにあきらめろというように、なおも子供らといっしょになってきょろきょろやっている娘へ言うのであったが、
「でも、ひょっとして、どんなところ落ちていねえとも限らねえから……」
 お通は二度も三度も掻き分けた草の中まで、さらに足の爪先で蹴って見るのである。

     三

 その夜、白々明けまで、お通はひとり寝床の中で泣いていた。夕方、野良から帰った兄貴に、
「うっかりぽんとして白痴《ばか》みてえにだらだら歩いてけつかるからだ、でれ助阿女」と罵られたばかりか、近頃ことに酒などを覚えて意地悪を言うようになった彼の口から、さらに、「貴様らなんかにこれから一文だってやることだねえから……銭ほしかったら女中奉公にでも出ろ、二十三にもなりやがって、いつまで兄貴のすね[#「すね」に傍点]かじっているんだ」と慰めるどころか反対にますますひどくやられたのである。
 平常なら「兄らも何だか、二十七にもなってまアだ嬶も持てねえで。……」としっぺ返しをするところだったが、その元気もなく、ただ悔《くや》しさでいっぱいの彼女だった。そしてその悔しさも兄貴から痛いところをやられたからというよ
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