する落花とたなびく雲のたたずまいをあしらい、その表面へ大きく草の葉や小鳥を黄に染めぬいたその模様が、眠っても覚めてもちらついていた。誰にも売らないでおいて……と念を押しては来たものの、先方は商人である。そしてあれは商品である。一日も早く行かないことには、いつ買手がつくか分らなかった。――売れませんように、どうか、誰の眼にもつきませんように……こうして、五円という金のまとまるのがどんなに待ちどおしかったことか。

     二

 全身中どこを探して見ても無いと知って、しばし茫然として突っ立っていたが、やがて彼女は道を引返しはじめた。どこか途中に落ちているに相違ない。人が通るとはいっても、たいがいは自転車で飛ばすものばかりである。でなければトラックだ。小さい蟇口などよほど気をつけていなければ眼にとまるはずがない。国道へ出てから落したものなら、まだ落ちたままで、落し主が探しにやってくるのを待っていてくれるであろう。商人が座敷に座ったままでいて儲ける金とは、同じ五円でも、あれは違っていなければならぬ五円のはずだ。それにあの蟇口の片隅には自分の小さい写真が二三枚入っていたのだし、あの写真がしっかと紙幣を握っていてくれるであろう。お通は全神経を路上に集中して、ちょっとした木片、一個の石塊にも眼をそそぐことを忘れず、ずっと自分の歩いた辺を戻って見た。が、部落への曲り角まで、そこにはついに落ちていなかったのである。おそらくここまで来るうちに――家を出て五六軒の農家のならぶ往還を通り、畑地へ出て、沼岸へ坂を下りる頃落したのかも知れぬ。彼女はそう考え直して、今度は村道を注意ぶかく探しながら坂を登り、部落へ入って、そしてとうとう自分の家の門口まで来てしまった。
「どこサ行って来たか」と行きあった村人に訊ねられても彼女は、「あ、どこサでもねえ」と気抜けしたもののように答えたのであった。――ひょっとすると、持って出たつもりでも、持たずに出てしまったのか……彼女は庭先へ入って家の中をうかがった。――誰もいないでくれればいいが……だが、喘息気味で仕事を休んでいた母親が、すぐに見つけて土間から声をかけて来た。
「何だか。……どうしたんだか。」あまりに蒼い娘の顔に老母はびっくりしたのである。「あいよ、どうしたんだよ。腹でもいたいのか。」
「ううん――」とお通はそれを否定した。「おれ、さっき、出ると
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