な》も……の方なんだから、駄目の皮。」
「そうでもあるめえで……」
といって三人で笑い声をあげたとき、その当の和一が牛車を曳いてかえって来た。彼は娘らを見るとてれ[#「てれ」に傍点]臭そうに「はア、花見か、暢気だな」とつぶやきながら、娘たちから何かいわれないうち……といったように、屋敷尻の柿の木の下の方へ急いで行ってしまった。
「ほら、きっと大丈夫よ」とお民が急に張り込んで、「はア、なんとか……かんとかなんて明後日の方つん向いててれ[#「てれ」に傍点]たところをみると、まんざらでもなさそうだったじゃないの、お梅ちゃんがいえば、うまくいくよ、きっと、なア、お梅ちゃん、だんぜん、買わせっちまえよ、その売れ残り。」
またしても三人で笑い声をあげたが、その下からお通が、
「ああ、やだやだ、俺ら止めた、売れ残り[#「売れ残り」に傍点]なんて言われてやア[#「やア」に傍点]になっちまった。こちとら[#「こちとら」に傍点]みてえで……本当に、このぶす[#「ぶす」に傍点]のお民は、時々そんなとっペつもねえこと言うんだから。」
「だって売れ残りだねえか、売れ残っているんだもの。」
「でも、残りものに福があるって言うじゃない」とお梅がいった。
「そうら見ろ、あれ買って来ると、きっといい話があるから……はア、あんたの思いがかかっているんだもの、なんで誰にも手が出るもんか。」お民が重ねて言った。
そのときは何の気なしに、ただ笑って、冗談として聞きすてたが、あとで、ひとりになって考えてみると、お通はやはり、人のいう運というようなものがあるような気がした。あのレーヨン錦紗がちゃんと残っている……きっと俺のものになる運命なんだ。
と同時に、自分の生涯のことについても、それは適用出来そうだった。売れ残りとでも何とでも好きなように言うがいい。そのうちに、きっと、あれだから……
お通は再び麦さく切りに出た。早くそれを終《お》やしてしまって、別にまた小遣銭をかせぎため、そして自分を待っているあの錦紗を買いに……と思うともう胸が弾み出していた。
底本:「犬田卯短編集二」筑波書林
1982(昭和57)年2月15日第1刷発行
入力:林 幸雄
校正:松永正敏
2007年12月8日作成
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