にやっていた。どこと言ってこの辺の普通の百姓と変りのないその様子……身装《みなり》顔付、応対ぶり、それらが村人をして何の遠慮もなくここへ足を踏み入れさす原因かも知れない。お通も近所の人へ物をいうような口調で、昨日の一件をこの卜筮者にまで述べたてたのであった。
 すると籠屋は煙管を措《お》き、茶を一杯ぐっと傾けて、さて、表座敷の神棚から一冊の手垢《てあか》に汚れた和本を下ろして来て、無雑作にたずねはじめた。
「昨日の何時頃だったけや、家を出たのは……東の方角へ向ったんだな、それから南へ向って行った。と、朝の九時頃。」
 お通はどうせ見てもらうのなら出来るだけ委しく見てもらいたかったし、別に身の恥をさらすわけでもないのだからと思って、覚えているだけのことは残らずいうつもりだった。が、籠屋は自分の訊ねた以外の話は、ただうなずくだけで受けながし、じっと本を眺めていたが、お通が終らぬうちに言いはじめた。
「これは家からそんなに遠くないな、部落内《むらうち》だ。まア、遠くて坂の中途あたりまでだ。でも、はア、探すがものはねえ、子供の手に入っている、十歳から十二歳までの子供だ。よそから来て通りがかりに見つけて、一里以内のところへ持ち去っている。それで、金はまだそのままそっくりしている。使いたくてもちょっと自分勝手には使えないような家の子供だ。」
「大尽どんの子供かな、では……」お通はひょっと心当りがして念を押した。
「そうでもねえが、家でやかましく躾けている子供だから、ひょっとすると持っているの悪いと思って駐在所へ届けっかも知れねえ。でなけりや、また、そうっともとのとこへ戻して知らん顔するか、そのどっちかだ。何にしてもこの金は、もとへ戻ると卦には出ているからな。」
 それから籠屋は、ばさりと本を伏せ、煙管へすぱりすぱりと息を通して刻み煙草をつめ、やおら言い出した。
「買いものに出るには日が悪かったな。先負の、東南方旅立ち事故生ずという日にあたっていたから、昨日は……午後からなら別段のことはなかったが。」
「そんなこと、やっぱり有るかしら。」お通は信ずることが出来なかった。
「まア、あるものと考えていれば間違いはねえな」と卜筮者はしごく鷹揚に構えて、「そんなことねえと思うと、ついうっかりして、どんなまねでもするし、あ、今日は悪い日だなと考えれば、何をするにも気をつけてやるようなもんで
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