て、すっかり赤くなってしまったのだった。
その故か、また鼻血がどっと出て来て、綾子のつめてくれた紙が、すうっと抜け出した。そして濃い真っ赤な血が、するすると口の方へ流れ下った。
「まあ……」
他の二人の女生徒は、おびえたように、両手を胸に合せて祈るような恰好をした。
綾子はしかし落ちついていた。またしても紙を丸めて自分から圭太の鼻へ強く栓をした。
「堅くしとかないと駄目よ、あんた。頭がぐらぐらしべえ。あんた突き落されたの?」
「いや、ただ落ちたんだよ。」
圭太は自分の弱虫が恥しくて、それ以上言うことが出来なかった。
彼は鼻を片手で抑えながら、片手で鞄を直して歩き出した。もう遅れたかも知れぬ。始業の鐘が鳴ってしまったかも知れぬ。
女生徒達もそのあとから駈けるようにしてつづいた。
四
その事があって以来、綾子と圭太の間が非常に近いものになったように思われた。彼らは腕白どもをよけるために時間をかれこれと考えたので、しぜん、道でいっしょになったり、いっしょになれば話し合ったりするのだった。
綾子は中学へ行っている兄を持っていた。さぶちゃんがこれ以上苛めれば、その兄に言って「とっちめて」もらってやるからと言った。
圭太もその綾子の兄をうすうすながら知っていた。もう卒業間際の、がっしりした青年だった。いかにさぶちゃんが海軍ナイフを振り廻しても、茨のステッキを持っていても、彼にはぐうの音も出まい!
圭太も心強かった。
と同時に、着物がだんだん薄くなる頃で、綾子のもっくりふくれた胸が、圭太に小若衆らしい感情を起さす種となった。彼は次第に学校の教科書がいやになりつつあった。
ある日、さぶちゃんが、また橋のたもとに圭太を要撃した。「この野郎!」と彼は言った。例の握り太の茨のステッキ――彼はそれを学校の前の藪の中へ隠しておいて、往きかえりに必ず携えていた――そいつで、圭太を嚇しつけた。
「こら、貴様、この頃俺ちっとも言わねえと思って、生意気だぞ!」
圭太は蟇のように身を縮めた。いまにもそのステッキが自分の頭上か、肩先かへ落ちるような気がしたのだ。
さぶちゃんの一味は、小気味よさそうに、圭太の前後に立ち塞がった。
「いいか、こら!」とさぶちゃんは言った。「貴様、綾子と話しなんかしたら、本当にこれを食わせるから!」
すると他の取りまき連中も言った。
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