立っているのをぼんやりと認めた。
「あら、鼻血が出てるわ……まあ……」
 一人の女生徒がびっくりしたような声で言った。彼女は袖から塵紙を出した。そして圭太の顔へかがみかかって、ぬらぬらする鼻の下や口のあたりを丁寧に拭ってくれた。
「怪我したんじゃないの? 圭太さん。」
 女の子はしげしげと見守った。
 圭太は眼を開いてあたりを見た。それからひりひりする足くびを手で抑えた。
「あら、そこからも血が……」
「大丈夫! これくらい……」
 圭太はかくすようにくるりと起き上って、ぱたぱたと埃をたたいた。
 橋の中央だった。彼は駈け出したまでは知っていたが、あとのことは全然知らなかった。さぶちゃん達はどうしたのだろう。いまは一人も姿を見せなかった。おそらく誰か先生にでも見つかって逃げてしまったにちがいない。
「鼻血がまだ止らないんだないの……圭太さん、これ詰めておかなけゃ駄目だど。」
 女の子は再び塵紙を丸めて、自分から圭太の鼻へ栓をしてくれた。
 柔かい手が彼の肩にかかり、頬のあたりへかすかにそれが触れるのだった。圭太は恥しそうに身をよけようとした。
「さぶちゃんにやられたんだっぺ。」女の子は再び言った。「あんたのこと追ってたの見えたもの……あの不良のさぶのこと、校長先生に言いつけてやっか。」
 憎々しそうに彼女は言った。他の二人の女生徒も同じようなことを言ってさぶちゃんをけなしつけた。
 彼女らはやはり高等一二年の、しかもすでに娘の領域に入ろうとしている生徒達だった。さぶちゃんに姿を見さえすればからかわれ、悪戯されるので、学校の往復にも、なるべく彼を避けて、時間を遅く、あるいは早くしている彼女らだった。ことにその中の一番大きい子――秋野綾子は、さぶちゃんの――その年頃の恋人(?)だった。
 ある日、さぶちゃんは母親の小さい懐中鏡を持って来て、綾子や、その他の大きい女生徒が何気なく塀などによりかかっているところの足許へそれを置いて歩いた。それを知った女生徒は、この思いがけない悪戯に真っ赤になって逃げ出したが、綾子は運悪くも、その一人に属していた。
「綾子の奴、もう……てやがるんだ! あっははっはあ……綾子の奴!……」
 綾子は泣き出した……。
 その綾子だった。それを知っていた圭太は自分もちょうどそうした生理的現象を見た直後だったので、綾子をそれほど近く自分の直ぐ眼の前に見
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