う断乎として相手を抜き、疾風の如くゴールイン!
仙太は狂めく嵐の中に、夢中になって何度か躍り上り、涙を流してどなりわめいた。付近にいた何人かの人の足を踏んで、手ひどく抗議されなかったら、彼はもっともっと狂っていたことだったろう。
やがて彼は我にかえった。現金引換所では十円札や百円札が広告のビラのように引掴まれた。
――ああ俺は? 俺は?
仙太はぽかんとしてしまった。一万円ばかり吹っ飛ばしてしまったような気がした。その時、もしもしと言って肩を叩くものがある。誰かと思って振りかえると、それは知った顔ではなく、どこかの――おそらく東京からでもやって来た立派な紳士だった。
――失礼だが、この金時計買ってくれまいかね。僕はね、今日運が悪くて五百円ばかりすっちまったんだ。東京へかえる汽車賃も、子供らへ買って行く土産代も、何もかも、本当に一文なしになっちまったんだ。実に弱っちまった……。
紳士はつくづくと悲観した。
――これ、君、鎖とも五円でいいよ。じつは買う時は八十円したんだがね。天賞堂の保険つきだから確かなもんだ。つぶしにしたって三十円――いや五十円はある。なにしろいま地金の騰貴している時だからね。この町の時計屋へ持って行ったって三十円は欠けまいと思うよ。君、僕を助けると思って取ってくれないかね。
紳士はどっしりした金時計と鎖とを仙太へ突きつけた。びっくりして見つめた仙太の眼は、夕陽にかがやくその山吹色のためにくらくらと眩めいた。
――弱ったな、僕はこの汽車で帰らないともう汽車がないんだ。あと十分しかないんだが……じつに弱っちまったな。
仙太は五円のぼろ札を出して金時計を受取った。タカムラに張りそこなったやつを、この金時計――降って湧いたような――で取りかえそうとふと考えたのだ。それにまた立派な紳士が五百円もすってしまって家へかえれない! さぞかし彼の家にも、自分の女房のような口喧しい細君が、神経を尖らして待っているのであろう。
紳士は五円を受取ると丁寧に礼を言って、どこかへ去って行った。
仙太は重い金時計を懐中へ押し込んで、再び柵のところへやって来たが、しかしもう馬の興味は起って来なかった。タカムラが、ひいきの馬が、みごとに勝ったんだ! それでよかった。これからまだ少し時間もあるから、この金時計を塚田屋へ持って行って金にかえよう。
塚田屋というのは
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