が朝早くから夕方迄ときをつくって幾度もなくようになると私は秋が近いのだと感じる。ひぐらしは一匹がなき始めると他のひぐらしもうつったように鳴き出す。その声が山全体に段々ひろがってゆくように聞こえる。
或る時、私が机にもたれているとすぐ傍の障子の処でひぐらしが二三匹声を揃えて鳴いた。私は考え事をしていたのでおどかされたようにびっくりした。しかしその声の調子や拍子が合っていたので不思議に思った。七月二十九日の朝七時過ぎにみんみんの声を初めて聞いた。越えて八月の六日には庭でこおろぎがなきはじめた。また同じ月の十三日には関東ではあまり聞かぬ蝉がないた。この蝉は関西にはよくいてセビセビセビセビと続けてなくのである。私は葉山では毎年聞くが、それも一匹位で日にひとしきり、ふたしきり程なくだけで二日もたつともう声が聞こえなくなる。
八月も半ばを過ぎると浜辺に打ち寄せる波の音も秋の訪れを思わせるように私には感じられる。虫の音も次第に数を増してくる。夜になると私の床にひとしお床しく聞こえるのはこおろぎ、馬追い、鉦叩き、くさひばり、えんまこおろぎ、またその中を縫うように名も知らぬ虫の声が聞こえてくる。くさひばりは昼間も静かにないている。こおろぎは昼間はゆっくり羽を動かして忍びなきしているように聞こえる。今年の秋は蝉ではオーシーツクが一番あとまで聞こえた。何といってもこおろぎは秋の初めから終りまで鳴き過す。少し寒く感じる日には家の中へはいってきて鳴く。私はその声を聞くと一層かわいらしく思うのである。今はもう秋も末になってこおろぎの声も絶えだえである。風もなく天気のよい午後の空を破るような声を立てて百舌が飛んでいる。
底本:「心の調べ」河出書房新社
2006(平成18)年8月30日初版発行
初出:「古巣の梅」雄鶏社
1949(昭和24)年10月5日
入力:貝波明美
校正:noriko saito
2007年12月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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