もせずに、二時間おきに手当をして下さったが、翌日徹夜のままで帰っていかれる先生にもっとお礼を言いたいと思っても思うように声が出なかった。
 その後土地の人達やみんなが熱心に介抱してくれたので思いの外早くよくなった。まだ腰が充分に立たなかった私はわきまえもなく帰りたくなってみんなの止めるのもきかずに一番列車で立つことになって、朝早く身体を抱えて人力車へのせて貰っていると、弟子の妹のくにちゃんが駈け出してきて、先生お大事にと言いながら手を握った。私はその小さいやさしい手に触れた時思わず熱い涙が頬を伝った。患って遠くなっている耳にも子供の声は可愛く聞こえた。それからうちへ帰ってもまだふらふらしていたが、小田原の吉田晴風氏から手紙が来て、お見舞として箱根の温泉を一週間程奢るから家内をつれて是非来ないかと言う。心をこめた案内であったが、今の世の中に二人が一週間も泊ったら莫大な迷惑になることを遠慮して私が迷っていると、晴風氏はそれと悟られたのか、放送局で会った時、箱根の方は環翠樓を何日から一週間借りにしておいた、此の部屋は余程の人でないと借られないのを無理に都合をして貰ったから来ないとあとの顔が立たんと言われたので私は早速いく事にしたが、いってみて嬉しく思ったのは、そこは全然別世界の離れで不自由な私も人手を借りずに風呂へもはいれる、厠へもいける。私は夜中でもいつでも気の向いた時に一人で自由にお湯にひたったりした。真中の部屋は洋間になっていて私はそこへ腰をかけて流れの音や鳥の声や、いろいろあたりの景色を耳で味わった。新緑の頃であったので見渡す山々が美しいと家内が言った。雨が強く降り出すと流れの音と雨の音を聞きわけるのがむずかしかった。吉田氏夫妻がいろいろ食糧を運んでくれたりして居心地がよかったので、ついつい一週間を過した。私はこのおかげで身体も整い、耳もよくなって今では病気以前にもまさって元気である。

    虫の音

 この葉山では五月の頃みんみんに似た声の蝉がなく。その声は何となく弱く聞こえて現世のものではないように感じられる。今年はいつまでも肌寒くて夏の来るのが遅かったように思われた。七月の十三日に初めて夏らしい蝉の声を聞いた。それはヂーと長くひっ張って鳴くのであった。その日の夕方に裏の山からひぐらしの声が聞こえた。その月の二十五日には昼過ぎにもひぐらしが鳴いた。ひぐらし
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