違つて、勝つたことを利巧さうに云ふ。色々批評して、此馬は斯云ふ癖がある。是は斯云ふ所で勝つ、あんな馬でどうして勝てるものか、是は斯して斯うと、それなのに外の馬を買ふ奴は馬鹿だと云ふて豪がつて居りますけどもね。又夫婦連れなどで来て、俺が何番を買へと云ふのに貴様が愚図々々云ふから、それ見ろこんな大きな穴が出来たぢやないかと争つて居るのもあります。
私は競馬となると気違ひ染みて、それでも商売は一遍も休みませぬけれども、殆ど馬のことばかりを云ふて居るでせう。皆が気違々々と云ふのです、それで皆に、味を知らんでそんなことを云ふけれども、競馬に一度行つて見よ、自分の買つて居る馬が二番目か三番目に附いて、どんどん走つて行つて、愈々決勝百米からじり/\それが向ふへ出て来て、決勝近くになつてそれが端を切り出した時の心持と云ふものは、他で味ふことの出来ぬ愉快がある。だから競馬に行つて居る者は半分気違だよと云つても、根つから皆が其気にならぬのでせう。
それから落語家として是だけ流行して居る競馬を知らぬのは見理ない。芸術の修養として見に行つて価値があるだらう。何も競馬をやりに行くのでない、自分の稼業の一つとしてあれだけの盛な競馬は、成程競馬と云ふものは皆が気違になるものだ。色々階級など豪い人も居れば、其日に困つて居る人でも、矢張行つて居るのですから、さう云ふ所を研究して来るのには、沢山商売上の価値があるよと勧めたものですから、一遍見やうかと云つてちらほら来る。来れば只見て居られぬ、一寸馬券を買ふ負ければ口惜しいから又買ふ、其中に取る、取つた時の味が今云ふ通り何とも譬へやうがない愉快な所があるから、つい又買ふ。其日帰つて来ても明くる日あると思ふと、明けると凝つとして居られませんで出掛けて行く、それで今の所では連中内で二十人位でせうね。大分夢中になりました。
配当は公認競馬は一割五分天引き、詰り競馬場の手数として取るのです。後に残った八割五分を買つた馬の馬券数に割つて払戻と云ふことになる。で無論勝馬の投票が少なくて、二百円越せばあとはクラブの収得となつて居ます。草競馬は天引二割です。
それから面白いのは雨の降つた日です。歯の附いた履物を履かしません。いや歯の物は雨が降つても降らぬでもさうです。よつて雨が降ると靴より仕方がない、さうすると長靴履いて、それが妙齢の婦人ですわね、而も一流の……、それが長靴履いて、すつぽり外套を着て居る。尤も婦人が雨の着流しの外套がありつこがないから、誰かの借物でせう。それを着て頭から頭巾を冠つてしまつて、そして無論長靴ですから、お尻はすつくり端折つて居る。側の人は随分あの女の風姿は何と云ふのだと申すそうですけれども、競馬場の中では決して人は笑ひませぬ、咎めるだけの余裕がないのです。気違ひ共に服装の云々はある筈ない。
あの風姿を気にするのは本当の競馬好きぢやない。雨が降つて馬券が買ひに行けぬの、競馬を見ずに人の後に這入つて腰を掛けるのと、雨を避けてしやがんで居るのは本当の競馬好ではない。だから競馬場ではさう云ふ風をして居る方が順当ですな。
競馬の広告に付ては、総て何が一番広告が行届かぬと云ふても、競馬ほど行届かぬものはありますまい。と云ふのが競馬のあるのを、此方から探して行くのですから、只公認競馬でも何でも新聞に一寸出て居るだけでせう。草競馬の方は幾らかプロなんかも出してやつて居りますけれども、私等が一時は草競馬迄行きましたがね、けれどもあら、こんな所にあつたのかねと云ふ場合があります。丸で知らずに居ることがあります。他のものと違つて競馬場ほど……色々競馬場の悪口はありませうけれども……御客の不便を顧ぬ所はないでせう。現に雨が降つて歯の附いた下駄がいかぬので、それに和服の人が多いから皆苦心する。又私等商売柄洋服を着ない、それに私の洋服は映らぬのです。前に競馬に行く為に洋服を作りました。映るにも映らないにも、余程無恰好です。家内やら子供はお父さんもう洋服着て行くなら、私一緒に行かないし若しも一緒に行つても別々に居ませうよ。見理ないから……、と云ふわけ、競馬場でも笑はれますよ。あれや小南や、服の映らぬ人ねと云はれるから雨の降つた日だけ服着て行つて居つたのです。去年の秋でしたかね、去年の秋は雨が降りましたからね、此雨では着物では仕方がないから服を出して呉れと云ふた。所が家内が二円で屑屋に売つちまひましたと云ふ、拵へる時は六七十円掛つた服でそれをたつた二円で売つてしまつた。
またクラブに対する不平は、御客の方から云はしますと、第一番の請求は二百円で制限してあるのが一番非道いです。よつて今迄の馬券法の時分には十人の中で三四人もまあ大袈裟に云えば、自殺するとか、身代を漬すと云ふ人があつた代りに、一人や二人成金が出来たりしましたが
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