お供物を欠かされませんでした。
世間では鏡花先生を大変江戸趣味人のように思っているようですが、なるほど着物などは奥さんの趣味でしょうか、大変粋でしたが、決して「吹き流し」といった江戸ッ児風の気象ではなく、あくまで鏡花流の我の強いところがありました。
趣味としては兎の玩具を集めておられて、これを聞いて方々から頂かれる物も多く、大変な数でした。
お仕事は殆ど毛筆で、机の上に香を焚《た》かれ、時々筆の穂先に香の薫りをしみ込ませては原稿を書かれていたと聞きます。
さすがに文人だけに文字を大切にされたことは、想像以上で、どんなつまらぬ事柄でも文字の印刷してある物は絶対に粗末に出来ない性質で、御はしと刷ってある箸の袋でも捨てられず、奥さんが全部丁重に保存しておられたようで、時々は小さな物は燃やしておられました。誰でも良くやる指先で、こんな字ですと畳の上などに書きますと、後を手で消す真似をしておかないといかんと仰言《おっしゃ》るのです。ですから先生の色紙なども数は非常に少なく、雑誌社に送った原稿なども、校正と同時に自分の手元においてお返しにならなかったように聞いております。
煙草《たばこ》
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