くなり、多くの枝《えだ》を分かち、たくさんな葉を繁《しげ》らし、花が一株上に数百|輪《りん》も開花する。私は先年、この巨大な牡丹を飛騨高山《ひだたかやま》市の奥田|邸《てい》で見たのだが、この株《かぶ》はたぶん今でも健在しているであろう。これはその土地で、「奥田の牡丹《ぼたん》」と評判せられて有名なものであった。たぶんこんな大きな牡丹は、今日《こんにち》日本のどこを捜しても見つからぬであろう。もし果たしてそうだとすれば、これは日本一の牡丹であると折《お》り紙《がみ》をつけてよかろう。もしも高山《たかやま》市へ赴《おもむ》かれる人があったら、一度かならずこの大牡丹《おおぼたん》を見て来《こ》られてよいと思う。
[#「ボタンの図」のキャプション付きの図(fig46821_01.png)入る]
シャクヤク
和名《わめい》として今日《こんにち》わが邦《くに》では、芍薬をシャクヤクと字音《じおん》で呼んでいることは、だれもが知っているとおりであるが、しかし昔はこれをエビスグサ、あるいはエビスグスリと称《とな》え、古歌《こか》ではカオヨグサといった。
エビスグサは夷草《えびすぐさ》、エビスグスリは夷薬《えびすぐすり》、ともに外国から来たことを示している。カオヨグサは顔美草《かおよぐさ》で、花が美麗《びれい》だから、そういったものであろう。
元来《がんらい》、芍薬《しゃくやく》の原産地は、シベリアから北満州〔中国の東北地方の北部〕の原野である。はじめシベリアで採《と》った白花品《はっかひん》へ、ロシアの学者のパラスが、Paeonia albiflora Pallas[#「Pallas」は斜体] の学名をつけてその図説を発表したが、満州〔中国の東北地方一帯〕に産するものには、淡紅花《たんこうか》のものが多い。しかしそれは、もとより同種である。種名の albiflora は、白花の意である。
日本に作っている芍薬《しゃくやく》は、中国から伝わったものであろう。今は広く国内に培養《ばいよう》せられ、その花が美麗《びれい》だから衆人《しゅうじん》に愛せられる。中国では人に別れる時、この花を贈る習慣がある。つまり離別《りべつ》を惜《お》しむ記念にするのであろう。
芍薬は宿根性《しゅっこんせい》[#ルビの「しゅっこんせい」は底本では「しゅっこんそう」]の草本《そうほん》で、その根を薬用に供《きょう》する。春に根頭《こんとう》から勢《いきお》いのよい赤い芽を出し、見てまことに気持がよい。充分《じゅうぶん》成長すると、高さはおよそ九〇センチメートル内外に達し、その直立せる茎《くき》は通常まばらに分枝《ぶんし》する。葉は茎《くき》に互生《ごせい》し、再三出式に分裂している。各|枝端《したん》に一花ずつ開き、直径はおよそ一二センチメートル内外もあろう。花下《かか》に五|片《へん》の緑萼《りょくがく》があるが、蕾《つぼみ》の時には円《まる》く閉じている。花弁《かべん》は平開し、およそ十|片《ぺん》内外もあるが、しかし花容《かよう》、花色|種々多様《しゅじゅたよう》で、何十種もの園芸的変わり品がある。花心《かしん》に黄色の多雄蕊《たゆうずい》と、三ないし五の子房《しぼう》がある。
芍薬《しゃくやく》の姉妹品《しまいひん》で、わが邦《くに》の山地に見る白花品《はっかひん》は、ヤマシャクヤクで、その淡紅花品《たんこうかひん》はベニバナヤマシャクヤクである。花は芍薬に比べるとすこぶる貧弱だが、その果実はみごとなもので、熟《じゅく》して裂《さ》けると、その内面が真赤色《しんせきしょく》を呈《てい》しており、きわめて美しい特徴《とくちょう》を現《あらわ》している。
[#「シャクヤクの図」のキャプション付きの図(fig46821_02.png)入る]
スイセン
スイセンは水仙を音読《おんどく》した、そのスイセンが今日本の普通名となっているが、昔はわが邦《くに》でこれを雪中花《せっちゅうか》と呼んだこともあった。元来《がんらい》、水仙《すいせん》は昔中国から日本へ渡ったものだが、しかし水仙の本国はけっして中国ではなく、大昔遠く南欧《なんおう》の地中海地方の原産地からついに中国に来《きた》り、そして中国から日本へ来たものだ。中国ではこの草が海辺を好んでよく育つというので、それで水仙と名づけたのである。仙は仙人《せんにん》の仙で、この草を俗を脱している仙人《せんにん》に擬《なぞら》えたものでもあろうか。
水仙はヒガンバナ科に属して、その学名を Narcissus Tazetta L[#「L」は斜体]. というのだが、この種名の Tazetta はイタリア名の小皿《こざら》の意で、すなわちその花中《かちゅう》の黄色花冕《おうしょくかべん
前へ
次へ
全30ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 富太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング