ジ其秋実ノル地ニヨリテ山野ニ※[#「彳+編のつくり」、第3水準1−84−34]ク生ズ貧民ハ其実ヲ多トリテ粮トス筑紫ニ多シ庭訓往来《ていきんおうらい》ニ宰府ノ栗ト云是ナリ蘇恭《そきょう》ガ茅栗細[#(ニシテ)]如[#二]橡子[#(ノ)][#一]ト云シモシバクリナルベシ」と述べてあるが、これはいわゆる三度グリに当っている。
寺島良安《てらじまりょうあん》の『倭漢三才図会《わかんさんさいずえ》』巻之八十六、栗の条下に「上野下野越後及紀州熊野[#(ノ)]山中[#(ニ)]有[#(リ)][#二]山栗[#一]小扁[#(ク)]一歳[#(ニ)]|再三《フタタビミタビ》結[#レ]子[#(ヲ)]其樹不[#二]大木[#(ナラ)][#一]所謂[#(ル)]|茅栗《ササクリ》是[#(カ)]乎」と書いてあるが、これも三度グリを指したものだ。
およそ二百五十年前の嘉永三年(1850)に上梓せられた『桃洞遺筆《とうどういひつ》』第二輯に三度栗の記事があって次の通り書いてある。すなわち「又三度栗あり、本朝食鑑(四巻)に、上野州下野州有[#二]山栗[#一]極小、一年[#(ニ)]三度収[#(ム)][#レ]栗[#(ヲ)]、故
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