称えを与えている。『倭名類聚鈔《わみょうるいじゅしょう》』にこれを和名比木佐久良(ヒキサクラ)と書いてあるが、なぜそういったのか今その意味は分らない。
シソのタネ、エゴマのタネ
シソ(紫蘇、または蘇)のタネ、エゴマ(荏)のタネと俗に呼んでいるものはじつは純然たる種子ではなく、純種子を含んだ果実である。植物学者はそんなことは朝飯前に知っているが、普通の人々には、それが分かるまい。あの小さい種子らしい粒を見て種子であると思うのは無理もない。
このシソあるいはエゴマの種子だと見えるものは、じつはその果実の四つに割れた一部分で、初めそれが宿存萼の奥底に鎮座しているのだが、熟するとばらばらの四粒となって萼内からこぼれ落ちるのである。そしてその円い球形の粒の表面には皺がある。この粒の中に本当の種子が一個ずつ入っている。そしてその粒は割れないから、その中の種子は外から見えない。
このシソならびにエゴマの子房は、元来合体した二心皮から出来ており、それが縊れて二つになり、両方の各心皮の中に二個の卵子があるから、つまり一子房には四つの卵子がある訳だ。そしてこの一子房を形成せる二心皮が再び二つ
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