とあるが、あるいは贋のインゲンマメすなわち今のインゲンマメではなかろうかと思われないでもない。これに六月鮮の名があるところをみると、贋のインゲンマメのように早くも六月頃に青莢が生るものとみえる。しかしこの Phaseolus vulgaris L[#「L」は斜体]. のインゲンマメ(贋の)の漢名は龍爪豆であって一名を雲※[#「くさかんむり/(禾+編のつくり)」の「戸」に代えて「戸の旧字」、第4水準2−87−6]豆といわれる。
 この贋のインゲンマメ(Phaseolus vulgaris L[#「L」は斜体].)は上に書いた隠元禅師将来の本当のインゲンマメ(Dolichos Lablab L[#「L」は斜体].)よりはずっと後に日本へ渡来したものである。そしてその初渡来はおよそ三三五年前で、右の本当のインゲンマメの渡来より後れたことおよそ五十年ほどである。ゆえに隠元禅師が日本に来たときには、まだその贋のインゲンマメは我国に来ていなかったから、この豆はなんら隠元禅師とは関係はない。
 今日一般に誰も彼もいっているインゲンマメ(贋の)は海外から初め江戸へ先ずはいって来たものらしい。多分外船が
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