ナリ)][#レ]於[#(ヨリモ)][#二]二月[#(ノ)]花[#一]、
[#ここで字下げ終わり]

 というのがあって、ふるくから普く人口に膾炙している。
 諸君御覧の通りこの詩中に楓がある。日本人はこれを Acer すなわち Maple のカエデすなわちモミジであるとして疑わず、日本の詩人はみなそう信じている。しかし豈《あに》はからんや楓はけっしてカエデすなわちモミジではなく、全然違った一種の樹木で、カエデとはなんの縁もない。しかるにここに興味あることは、この楓をカエデとする滔々たる世の風潮に逆らってそれはカエデではないと初めて喝破し否定した貝原益軒があって、宝永六年(1709)に出版になった彼の著『大和本草』に「本邦楓ノ字ヲアヤマリテカヘデトヨム」と書き、また「楓ヲカヘデト訓スルハアヤマレリカヘデハ機樹也」とも書いている。しかし楓をカエデではないと否定する益軒の卓見には賛成だが、翻ってこの楓を古名ヲガツラ、すなわち今日いうカツラ(Cercidiphyllum japonicum Sieb[#「Sieb」は斜体]. et Zucc[#「et Zucc」は斜体].)とするのには不賛成で
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