源順《みなもとのしたごう》の『倭名類聚鈔《わみょうるいじゅしょう》』に「海松、崔禹錫《さいうしゃく》食経云、水松状如松而無葉、和名美流」とある。『延喜式《えんぎしき》』内膳司式《ないぜんししき》に「海松二斤四両」とあり、また『万葉集』の歌に「沖辺には深海松《フカミル》採《ツ》み」とあるのをみても、遠い昔に当時既に食用にしたことが判るが、それならそれをどういう風に調理して食したのか詳かでないけれど、昔は凝った料理の一つであったらしい。今ここに近代の食法を次に載せてみる。しかし私自身は一度もこれを食した経験がないので、その食法が分らない。そこで二、三大方の諸氏に教えを乞うたところ、みないずれも親切な垂教を賜ったので、その食法が判明し大いに喜んでいるのである。私も今度幸いにミルに出逢ったら味ってみなければならないと、今からその舌ざわりや味わいやらの想像を画いている。
理学士|恩田経介《おんだけいすけ》君からの所報によれば「私がミルを食べましたのは、志摩半島の浜島でした、あそこでは毎年の棚機《たなばた》にはミルを食べる慣例だとのことでした、食べたのはニク鍋でちょっといためてスミソで食べまし
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