ギリタケのことを話して同博士も初めて合点がいったのである。そこで博士はこのニギリタケのことを大正十五年(1926)六月発行の『植物研究雑誌』第三巻第六号に書いた。それでこれまであやふやしていたニギリタケが初めてハッキリした。そしてこの菌は蓋が張り拡がるとあたかも傘のような形をしているところから、一つにカラカサダケとも呼ばれるとのことだ。坂本浩然の『菌譜』にカラカサモタシ、カサダケ、傘蕈としてある図のものは蓋しカラカサダケであろうと思う。「毒アリ食ス可カラズ」と書いてあるのは事実を誤っているのであろう。
 上の大正十四年八月当時、私が高山町西校校長野村宗男君に聞いたところは次の通りであった。

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にぎりたけ(方言)飛騨吉城郡|国分《こくぶ》辺(高山町ヨリ二三里程)ノ山地芝草ヲ刈リ積ミタル辺、又ハ麦藁ヲ入レ肥料ニセシ畑ニ生ズル、秋時栗ノ実ノ爆ゼル頃最モ盛ンニ出ル、高サ七、八寸ヨリ大ナルモノハ一尺五寸許モアル、出ヅル頃土人にぎりたけヲ採リニ行クト称シテ赴ク、一本一本独立ニ生エル、茎ノ太サ両指ニテ握ル程ニテ、全体白色、水気少ナク、茎頭ワタワタシク成リ居ル、縦ニ裂イテ焼キ醤
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