フ] R. Br. ならびに Begonia grandis[#「Begonia grandis」は斜体] Dryand. の異名がある。

[#「自然の姿となっている紀州那智山の秋海棠(太田馬太郎君寄贈)」のキャプション付きの写真(fig46820_18.png)入る]

  不許葷酒入山門

 各地で寺の門に近づくと、そこによく「不許葷酒入山門」と刻した碑石の建てあることが目につく。この葷酒《くんしゅ》とは酒と葷菜とを指したものである。また時とすると「不許葷辛酒肉入山門」と刻してあるものもある。この戒めは昔のことであったが、肉食妻帯が許されてある今日では、もし碑を建てれば、多分その碑面へ「歓迎葷酒入山門」と刻するのであろうか。時世が違って反対になった。
 右の葷菜とは元来五葷といい、また五辛と呼んで口に辛く鼻に臭ある物五つを集めた名で、それは神を昏まし性欲を押さえるために用いたものといわれる。
 明の李時珍《りじちん》がその著『本草綱目《ほんぞうこうもく》』に書いたところによれば、「五葷ハ即チ五辛ニシテ其辛臭ニシテ神ヲ昏マシ性ヲ伐《ウ》ツヲ謂フナリ、錬丹家[牧野いう、身体を鍛練して無病健康ならしめる仙家の法]ハ小蒜、韭、芸薹、胡※[#「くさかんむり/綏のつくり」、第3水準1−90−85]ヲ以テ五葷ト為シ、道家ハ韭、薤、蒜、芸薹、胡※[#「くさかんむり/綏のつくり」、第3水準1−90−85]ヲ以テ五葷ト為シ、仏家ハ大蒜、小蒜、興渠、慈葱、茖葱ヲ以テ五葷ト為シ、各同ジカラズト雖ドモ、然カモ皆辛薫ノ物、生食スレバ恚《イカリ》ヲ増シ、熟食スレバ婬ヲ発シ性霊ヲ損ズ故ニ之レヲ絶ツナリ」と述べてある。右文中にある韭はニラで韮と同じである。芸薹はすなわち※[#「くさかんむり/雲」、第4水準2−86−81]薹でウンダイアブラナ(私の命名)の和名を有し、今日本でも搾油用として作っている。そして従来日本でのアブラナへこの※[#「くさかんむり/雲」、第4水準2−86−81]薹の漢名が用いてあるが、それは誤りであって、この日本のアブラナには漢名はない。胡※[#「くさかんむり/綏のつくり」、第3水準1−90−85]はカラカサバナ科のコエンドロ、薤はラッキョウ、興渠は一名薫渠で強臭のある阿魏《アギ》すなわち Asafoetida である。そしてこれを採取する原植物は Ferula foetida Reg[#「Reg」は斜体]. でカラカサバナ科に属しペルシャ辺の産である。慈葱は冬季のネギすなわち冬葱でフユネギである。そして茖葱はギョウジャニンニクで山地に自生し葉の広いものである。
 そこで問題解決で筆を馳せ云云せにゃあならんことは、小蒜と大蒜との件である。すなわちこの大蒜とはニンニクで一つに葫と呼ばれているものである。そしてこの小蒜は単に蒜と書いてあるものと同じで、それはニンニクに似た別の品種であるが、じつは私はこれの生品を一度も見たことがないのは残念だ。昔の『本草和名』だの、『本草類編』だの、また『倭名類聚鈔』だのにこれを古比留または古比流すなわちコビルといっているのは、何も実物を親しく見ての名ではなく、これは漢名小蒜の二字に基づいた紙上の名であるといってよい。またこれを米比流というのは女ビルか雌ビルかの意で小蒜から思いついた同じく紙上の名である。そしてこの小蒜はもとは野生のものを栽培して出来たように書いてある。だからそれに沢蒜だの山蒜だのの名があっても、今はこの小蒜は野生の品とは異なったものであると中国の昔の学者は弁じているが、按ずるにこれはいつか中国へはいった外国産であろうと思う。とにかく小蒜は中国で栽培せられている一種のニンニク式の品で葉を連ねてその根を煮て食うものである。李時珍がその著『本草綱目』の蒜の条下でいうには「家蒜ニ二種アリ、根茎倶ニ小ニシテ弁少ナク辣甚ダシキ者ハ蒜ナリ小蒜ナリ、根茎倶ニ大ニシテ辣多ク辛シテ甘ヲ帯ブル者ハ葫ナリ大蒜ナリ」(漢文)と述べている。また宋の宗※[#「夾」の二つの「人」に変えて「百」、第3水準1−15−74]《そうせき》がその小蒜の形状をいって「小蒜ハ即チ※[#「くさかんむり/鬲」、74−8]《ユウ》ナリ、苗ハ葱針ノ如ク、根白ク、大ナル者ハ烏芋[牧野いう、オオクログワイである、我国の学者がこの烏芋をクログワイといっているのは誤りである]ノ如ク子根[牧野いう、子は苗か]ヲ兼テ煮食フ、之レヲ宅蒜(宅は沢の誤りだといわれる)ト謂フ」(漢文)としてある。
 中国では蒜すなわち小蒜は土産品として従来からあったもの、すなわち中国産品であるが、大蒜は漢の時代に西域の胡国から来たもので葫ともまた胡蒜ともいわれている。かく大蒜が外から中国にはいってきたので、そこで中国で従来からの蒜を小蒜と呼ぶようになった訳だ。愚考するにこの小蒜
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