る。細長一本ずつの緑色花穂は稈に頂生し、果穂は熟後褐色を呈し、小穂(学術語であって螽花《しゅうか》と称する)は穂軸に互生して二列生をなし、五ないし十一花よりなっている。苞状をなした一空頴は小穂より少しく長く、穀粒は小形で長楕円形を呈し白褐色である。
この毒麦がよく小麦畑に生えるので、その収穫のさい毒麦の穀粒が一緒に小麦の穀粒にまじることがある。そしてその毒麦の穀粒は刺激性、麻酔性の毒分を有し、それを食うとよく口に譫語を発し、胃に苦しい痙攣がおこり、心臓が衰弱し、睡気を催し、眩暈がしあるいは昏倒し、悪寒が来、嘔気を催しあるいは嘔吐し瞳孔が散大する。そしてこの有毒アルカロイドをテムリン(Temulin)と称する。
毒麦の俗名には Darnel, Tares, Ivry, Poison rye−grass がある。
この毒麦の属する Lolium 属[#「属」に「ママ」の注記]には通常なお二つの種があって、早くも他の牧草とともに我国に入って来て今はすでに帰化植物となっている。すなわちその一つは Lolium perenne L[#「L」は斜体]. で俗に Rye−Grass といい、ホソムギの和名があり、その花には芒《のぎ》がない。またその一つは Lolium multiflorum Lam[#「Lam」は斜体].(=Lolium italicum[#「Lolium italicum」は斜体] A. Br.)で俗に Italian Rye−Grass と称え、ネズミムギの和名を有し花に芒がある。この有芒無芒の点で容易にこのホソムギ、ネズミムギの区別がつく。
馬糞蕈
馬の糞や腐った藁に生える菌に馬糞蕈すなわちマグソダケというのがあって、マツタケ科のマツタケ亜科に属し Panaeolus fimicola Fries[#「Fries」は斜体](=Coprinarius fimicola[#「Coprinarius fimicola」は斜体] Schroet.)の学名を有している。そして、この種名の fimicola は糞上もしくは肥料上に生じている意味である。最古の字書の『新撰字鏡《しんせんじきょう》』には菌の字の下に宇馬之屎茸と書いてあるところからみれば、この名はなかなか古い称えであることが知られる。
この菌は直立して高さは二寸ないし五寸ばかりもある。茎は痩せ長くて容易に縦に裂ける。蓋《かさ》は浅い鐘形で径五分ないし一寸ばかり、灰白色で裏面の褶襞《ひだ》は灰褐色である。全体質が脆く、一日で生気を失いなえて倒れる短命な地菌である。
昭和二十一年九月十一日に来訪した小石川植物園の松崎直枝君から、このマグソダケが食用になり、それがまたすこぶるうまいということをきいて私は大いに興味を感じた。
この菌がかく美味である以上は、大いにこれを馬糞、腐った藁に生やして食えばよろしい。春から秋まで絶えず発生するというから、随分と長い間賞味することが出来る訳だ。
これが馬糞へ生えるのはちょうど彼のいわゆるシャンピニオンのハラタケ(田中延次郎命名)一名野原ダケ(拙者命名)すなわち Psalliota campestris Fries[#「Fries」は斜体](=Agaricus campestris[#「Agaricus campestris」は斜体] L.)が連想せられる。このシャンピニオンが培養せられるときには馬糞が使用せられる。それはその生える床に熱を起こさせんがためである。
一茶の句に「余所|並《なみ》に面並べけり馬糞茸」というのがある。
今次ぎに私のまずい拙吟を列べてみる。
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食う時に名をば忘れよマグソダケ
その名をば忘れて食へよマグソダケ
見てみれば毒ありそうなマグソダケ
恐《こ》は/″\と食べて見る皿のマグソダケ
食てみれば成るほどうまいマグソダケ
マグソダケ食って皆んなに冷かされ
家内中誰も嫌だとマグソダケ
嫌なればおれ一人食うマグソダケ
勇敢に食っては見たがマグソダケ
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馬勃(オニフスベ)にもウマノクソタケの名があるが、上のマグソダケとは無論別である。
大正十四年八月に、飛騨の高山の町で同町の二木長右衛門氏に聞いた話では、「馬糞ナドニ生エル馬糞菌ヲ喜ンデ食フコトガアル」とのことであった。また「何レノ菌デモ一度煮出シ置キ其後ニ調食セバ無毒トナリ食フ事ガ出来ル」とのことも聞いた。この高山町では漬物の季節に当たって、近在から町へ売りに来る種々な菌を漬物と一緒にそれへ漬け込むのである。同町では定まった漬物日があって年中行事の一つとなっており、その日に各家で漬物をする。その漬物桶が家によってはとても結構なのが用意せられているとのことである。これは他国では見られぬ珍らしい
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