至極な文に基づいてその馬鈴薯をジャガタライモだとよくも言えたものだ。ジャガイモの茎は誰でも知っているようにけっして樹木に攀じのぼるような蔓ではなく、またその薯は黒色ではなく、また味も苦甘いものではない。だから馬鈴薯の草状は少しもジャガタライモの形状とは一致していない。世人は上の蘭山の謬説に惑わされてほとんど皆が盲となっているのはまことに笑止千万なことで、そのおめでたさを祝する次第である。
 今この『松溪県志』の馬鈴薯を想像してみると、まず考えに浮かぶのはマメ科のホドイモ(Apios Fortunei Maxim[#「Maxim」は斜体].)で、あるいはこれを指していっているのではないかと思われんでもない。このホドイモはまた中国にも産するから全く縁がない訳ではない。そしてこのホドイモは中国で九子羊と称しているものと同じであろうと信ずる。この九子羊は呉其濬《ごきしゅん》の『植物名実図考《しょくぶつめいじつずこう》』巻之十九、蔓草類にその図説が出ているので、今ここにそれを転載してみよう。その解説は「九子羊ハ衡山ニ産シ、蔓生細緑茎、葉ハ峨眉豆葉ノ如ク一枝ニ或ハ三葉或ハ五葉、秋ニ淡緑花ヲ開クコト豆花ノ如ク、而シテ内ニ郭アリテ人耳ノ如シ、短角ヲ結ブ、根ハ円クシテ卵ノ如ク数本同ジク生ズ、秋時ニ掘取レバ輒チ多クヲ得、俚医之レヲ用ウ」(漢文)である。またなお中国に土※[#「囗<欒」、7−5]児というものがあって『救荒本草《きゅうこうほんぞう》』巻之六に出ているが、これはおそらく右の九子羊と同種で単にその名称を異にしているが同じくホドイモであろうと信ずる。そして右『救荒本草』のその文は「土※[#「囗<欒」、7−7]児、一名ハ土栗子、新鄭山野ノ中ニ出ヅ、細茎ハ蔓ヲ延テ生ズ、葉ハ※[#「くさかんむり/綏のつくり」、第3水準1−90−85]豆葉ニ似テ微シク尖※[#「角+光」、第3水準1−91−91]、三葉毎ニ一処ニ攅生ス、根ハ土瓜児根ニ似テ微シク団《マル》ク、味ハ甜シ、救飢ニシ根ヲ採リ煮熟シテ之レヲ食フ」(漢文)である。
 右から推想してみると、まずまず九子羊ならびに土※[#「囗<欒」、8−3]児がいわゆる馬鈴薯にあたるように感ずる。もし果たしてそうだとすれば、とにかく、上の「葉ハ樹ニ依テ生ズ」[葉のある蔓が樹木に寄りすがって登っているの意]の意味とも吻合する。九子羊の根塊は円形で濃褐色だか
前へ 次へ
全181ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 富太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング