ニ数葩」(漢文)とほんのこればかりの短文から出たものであるが、この燕子花はじついうとキツネノボタン科(Ranunculaceae)の一陸草である Delphinium grandiflorum L[#「L」は斜体]. の漢名である。この植物はまた飛燕とも紫燕とも称し、和名をオオヒエンソウと呼ばれる。右の「藤ニ生ズ」とはヒョロヒョロした弱い茎に碧紫色の美花が七、八輪も咲いているので、それで「一枝ニ数葩」と書いたものだ。そしてこの植物は前述の通り陸草であって水草ではなく、その産地は中国の北部から満州へかけ、また広くアルタイ、バイカル、ダフリア、オホーツクなどのシベリア地方に野生し普通に見られる宿根性の花草であって、これが前記の通り燕子花そのものである。
カキツバタはアヤメ科 Iris 属[#「属」に「ママ」の注記]の水草で、その花梗はツンとして強く立っており、花は梗頂に通常三個あるが、それが一日に一輪ずつしか咲かない。こんな草を、ヒョロヒョロして弱い茎に七、八花も咲く本当の燕子花に比べれば少しも合致するところがなく、カキツバタを燕子花だとする従来の学者の迂遠を笑わざるをえない。世人殊に詩人、俳人、歌よみ、活け花師などは早速この間違った旧説から蝉脱して正に就き識者の嗤笑《ししょう》を返上せねばなるまい。
昔からまたカキツバタと誤っている杜若の真物は、ショウガ科のアオノクマタケランである。人に笑われるのが嫌ならカキツバタを杜若と書かぬようにせねばならない。
楡とニレ
日本の学者は中国の楡を日本のニレだとしているが、元来楡は日本にはない樹であるから日本のニレではあり得ない。それはニレ属(Ulmus)には相違がないが、けっしてニレその樹ではない。つまり従来からの日本の学者は本物の楡を知らなかった。しかしそれは無理もない。すなわち楡は絶えて日本に産しないから、その実物の捕捉が我が学者には出来なく、ついに楡をニレとする誤りに陥ったのである。
元来楡は大陸の産でシベリアから中国ならびに満州にかけて広く生じている大木である。木の大きい割合に葉の極めて小さいものである。そして春早く葉の出ない前に小さい花が枝上に咲き、直ちに実を結び、それから葉が茂るのである。すなわち花、実、葉という順序である。
楡は中国には沢山ある普通樹で、それが食物と関係があるから極く著明である。食物
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