子孫が継げるので、その生存にとってはこの実の出来るのはじつに重大事件である。
その甘い実を食って御馳走にあずかった鳥は、その花托壁に包まれた果実種子を糞と共にヒリ出して地に落し、そこにグミの仔苗が生えるのである。私の庭にナツグミとアキグミとの二つが偶然に生えたが、これは全く鳥のお蔭である。今にその樹が生長して実が生りだすと鳥君に対して有難うと御礼を言上せねばならないことになる。今また私の庭に二本のヤマブドウが生長しつつあるが、これも鳥君がどこかの深山からその種子を腹中へ入れて遠くここまで空中輸送をなし、我庭へ放下したものである。多分二、三年のうちには花が咲いて実が生るかもしれんと楽しんでいる。
グミの樹の体上には枝でも葉でも花でも実でも、すべてに放射紋の鱗甲がこれを被覆して特徴を呈しており、この鱗甲は顕微鏡下での奇観である。
グミの名は国によりグイミと呼ばれる。グイミは杭実《クイミ》、すなわち換言すれば刺《とげ》の実《み》の意である。すなわち刺枝ある樹になるのでグイミ、それが略されてグミとなったのである。グミの主品はナワシログミで胡頽子の漢名を有し、その樹には刺枝があってガラガラとしている。そして日本にある最も普通な種はナワシログミ、ナツグミ、アキグミ、ツルグミ、マルバグミである。これに常緑品と落葉品とがあるが、常緑品は秋に花が咲いてその翌年に実が熟し、落葉品は初夏に花が咲いてその年の夏あるいは秋にその実が熟する。
三波丁子
三波丁子《サンハチョウジ》、今日では絶えて耳にしない妙な草の名である。宝永六年(1709)に発行になった貝原益軒《かいばらえきけん》の『大和本草《やまとほんぞう》』巻之七に蛮種としてこの名の植物が出で「三月下[#レ]種[#(ヲ)]苗生ジテ後魚汁ヲソヽグベシ此種近年異国ヨリ来ル花ハ山吹ニ似テ単葉アリ千葉アリ九月ニ黄花開ケ冬ニイタル可[#レ]愛」と書いてある。そしてその三波の語原は私には解し得ないが、丁子は蓋しその花の総苞の状から来たものではないかと思う。
小野蘭山《おのらんざん》の『大和本草|批正《ひせい》』には「三波丁子 一年立ナリ蛮産ナレドモ今ハ多シセンジュギクト称ス秋月苗高五六尺葉互生紅黄草ノ如ニシテ大ナリ花モコウヲウソウノ如ニシテ大サ一寸半許色紅黄単葉モ千葉モアリ葩《ハナ》長ク蔕ハツハノヘタノ如ク又アザミノ如シ九月頃マデ
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