一般人が間違いであると気づいて、その呼び名を改訂し正しきにかえさねばならんという気運が万一にも向い来たことがあったとすれば、これを右ようにヒロメ(幅広い海藻の意)と呼べば古名復活にもなって旁《かた》がたよろしい。が、かくも深くかくも強く浸潤せる腐り縁のコンブの名は容易に改め得べくもない。
 今海藻学を専門としている学者でさえも、昆布をコンブと呼んでいるこの間違いを清算することが出来ず、その著わされた海藻の書物には、みな一つとしてこの誤謬を犯していないものはない。どうも病が膏肓《こうこう》[#「膏肓《こうこう》」は底本では「膏盲《こうこう》」]に入っては大医も匙を擲たざるをえないとはまことに情けない次第だ。
 声を大にし四方を脾睨《へいげい》して呼ぶ。海帯がコンブであるゾヨ! 昆布がワカメであるゾヨ! 海帯はアラメでないゾヨ! 裙帯菜はワカメでないゾヨ!

  『草木図説』のサワアザミとマアザミ

 飯沼慾斎《いいぬまよくさい》の著『草木図説《そうもくずせつ》』巻之十五(文久元年[1861]辛酉発行、第三帙中の一冊)にその図説が載っているサワアザミの図と、その直ぐ次に出ているマアザミの図とは、それが確かに前後入り違っていることはこれまで誰も気のついた人は全くなかった。これはサワアザミの説文に対して在る図を移してマアザミの説文へ対せしめておけばよろしく、またマアザミの説文に対して在る図を移してサワアザミの説文へ対せしめておけばそれでよろしい。そうすればここに初めてサワアザミの説文がサワアザミの図に対して正しくなり、またマアザミの説文がマアザミの図に対して正しくなって、そこで両方とも間違いを取り戻して正鵠を得たことになる。そしてこの図の入り違いは多分偶然に著者がその前後を誤ったものであろう。今かく正してみると、従来植物界で用い来ているサワアザミとマアザミとの和名の置き換えを行なわねばならない結果となる。すなわち Cirsium Sieboldi Miq[#「Miq」は斜体]. はマアザミではなくてサワアザミ一名キセルアザミとせねばならなく、また C. yezoense Makino[#「Makino」は斜体] はサワアザミではなくてマアザミと改めねばならぬのである。
 近江の国伊吹山下の里人が常に採って食用にしているといわれる右のマアザミの実物を知りかつその形状を見たく、
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