葉の芦《あし》の常の芦にはかはりたる芦なり是を浜荻といへり此辺り田にすかれて今はすこしばかりの浜荻田間にのこれり」とある。
 宝永六年(1709)発行の貝原益軒《かいばらえきけん》の『大和本草《やまとほんぞう》』付録巻之一に「伊勢ノ浜荻《はまおぎ》ハ三津村ノ南ノ後ロニアリ片葉ノ芦《アシ》ニシテ常ノ芦ニカハレリ」と記してある。
『神都名勝誌《しんとめいしょうし》』巻之五には「浜荻《はまをぎ》 天狗石の南壱町許、道の右にあり。土俗、片葉の芦と云ふ。四方に、石畳を築けり」と記しかつ片葉に描いた浜荻の図が出ている。また同書には「往古は此の辺、三津港よりの入江にて、総べて、芦荻の洲なりきといふ。近世、堤防を設けて、潮水を塞ぎ、数町の田圃を開懇せり。而して、浜荻の芦地を存せむとて、僅に、数坪の所に、蘆荻を植ゑたり」とも述べてあるが、この末句の「植ゑたり」とは穏やかでなく、これはよろしく「残せり」とすべきであろう。
『伊勢参宮名所図会《いせさんぐうめいしょずえ》』巻之五には「浜荻《はまをぎ》三ツ村の左の方に古跡あり里人の云|片葉《かたは》にて常にかわりけるを此辺にては浜荻といふとて今は僅ばかり田の中に残れるを云或云是れ大に誤れり此国の人のみ芦をさして浜荻といへるは古き諺にて即国の方言なれば伊勢の浜辺に生《おい》たる芦は残らず浜荻と云べし古跡と云はあるべからず此歌に明らかなり
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筑波集連歌
   物の名も所によりてかわりけり 難波の芦はいせのはま荻   救済法師
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又按ずるに芦を荻といふ事至て上古にはいづくにもいひし事也此国にかぎらず詩作などには蘆荻《ろてき》とつゞけて一物也其余証拠略之
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万葉
   神風や伊勢の浜荻折ふせて旅寝やすらん荒き浜辺に   読人不知」
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と書いてある。
 私は先年この三津《みつ》の地に行って、今そこの名所田間に少しばかり残してあるいわゆる浜荻を親しく見たことがあったが、この地点は石を畳んで平たくしその周辺およそ一畝歩ばかりの田には浜荻が生活している。ここはこの村の農某の持地であるが、昔からの浜荻のある名所というので持主は特にこの地点へは鍬も入れず稲も作らず、経済的に損をしてまでも遺しているのはまことに殊勝な心がけである。
 右地に繁茂しているいわゆる浜荻は、なん
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