、によっては二度にも三度にもなるのである。そして二度咲くものと三度咲くものとあってもそれはもとより同種である。要するにギョリュウは少なくも一樹で二度花が出て、初めの花は去年の枝に咲き、次の花は今年の枝に咲く。ギョリュウを見る人、このイキサツを知つくしていなければギョリュウを談ずる資格はない。
 このようにギョリュウは一木にして一年に数度花が咲く特質をもっている。そこで中国では一つに三春柳の名がある。さすがに※[#「木+聖」、第3水準1−86−19]柳の本国であってギョリュウを見る眼が肥えている、かえって学者が顔負けをしている。
 中国の書物の『本草綱目』で李時珍が曰うには、「※[#「木+蟶のつくり」、第3水準1−86−19]柳《テイリュウ》ハ小幹弱枝、之レヲ挿スニ生ジ易シ、赤皮細葉、糸ノ如ク婀娜トシテ愛スベシ、一年ニ三次花ヲ作ス、花穂長サ三四寸、水紅色ニシテ蓼花ノ色ノ如シ」(漢文)とある。また陳※[#「温」の「皿」に代えて「俣のつくり−口」、第4水準2−78−72]子《ちんこうし》の『秘伝花鏡《ひでんかきょう》』には「※[#「木+蟶のつくり」、第3水準1−86−19]柳、一名ハ観音柳、一名ハ西河柳、幹甚ダ大ナラズ、赤茎弱枝、葉細クシテ糸縷ノ如ク、婀娜トシテ愛スベシ、一年ニ三次花ヲ作シ、花穂長サ二三寸、其色粉紅、形チ蓼花ノ如シ、故ニ又三春柳ト名ヅク、其花ハ雨ニ遇ヘバ則チ開ク、宜シク之レヲ水辺池畔ニ植ユベシ、若シ天将ニ雨フラントスレバ、先ヅ以テ之レニ応ズ、又雨師ト名ヅク、葉ハ冬ヲ経レバ尽《コトゴト》ク紅ナリ、霜ヲ負テ落チズ、春時扞挿スレバ活シ易シ」(漢文)とある。

  万葉歌のイチシ

 万葉人の歌、それは『万葉集』巻十一に出ている歌に「みちのべのいちしのはなのいちじろく、ひとみなしりぬあがこひづまは」(路辺壱師花灼然、人皆知我恋※[#「女+麗」、105−10])というのがある。そしてこの歌の中に詠みこまれている壱師ノ花とあるイチシとは一体全体どんな植物なのか。古来誰もその真物を言い当てたとの証拠もなく、徒らにあれやこれやと想像するばかりである。なぜなれば、現代では最早そのイチシの名が廃たれて疾くにこの世から消え去っているから、今その実物が掴めないのである。ゆえにいろいろの学者が単に想像を逞しくして暗中模索をやっているにすぎない。
 甲の人はそれはシであるギシギシ(羊
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