火の玉を見たこと
牧野富太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)岩目地《いわめじ》
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 時は、明治十五、六年頃、私はまだ二十一、二才頃のときであったろうと思っているが、その時分にときどき、高知(土佐)から七里ほどの夜道を踏んで西方の郷里、佐川町へ帰ったことがあった。
 かく夜中に歩いて帰ることは当時すこぶる興味を覚えていたので、ときどきこれを実行した。すなわちある時はひとり、またある時は二人、三人といっしょであった。
 ある夏に、例のとおりひとりで高知から佐川に向かった。郷里からさほど遠くない加茂村のうちの字、長竹という在所に国道があって、そこが南向けに通じていた。北国道の両側は低い山でその向うの山はそれより高かった。まっ暗な夜で、別に風もなく静かであった。
 たぶん午前三時頃でもあったろうか。ふと、向うを見ると突然空高く西の方から一個の火の玉が東に向いて水平に飛んで来た。ハッと思って見るうちに、たぶんそこな山の木か、もしくは岩かに突き当たったのであろう。パッと花火の火のように火花が散り砕けてすぐ消えてしまって、後はまっ暗であった。そして、その火の玉の色は少し赤みがかっていたように感じ、あえて青白いような光ではなかった。
 次は、これと前後した頃であったと思う。やはり、暗い闇の夜に高知から郷里に向かっての帰途、岩目地《いわめじ》というところの低い岡の南側を通るように道がついている。この岡のところに林があって、そこに小さい神社があり、土地の人はこれを御竜《おたつ》様と呼んでいる。この神社の下がすなわち通路で、これは国道から南に少し離れた間道である。そしてこの道の南方一帯が水のある湿地で、小灌木や水草などが生え繁って田などはなく、またもとよりその近辺には一軒の人家も見えず、人家からはだいぶ隔たっている淋しい場所で、南東には岡があり、その麓に小さい川が流れて、右の湿地を抱いている。
 ある年の夏、暗い夜の三時か、四時頃でもあったであろう。私は御竜様の下の道からふと向うを見ると、その東南一町ほどの湿地、灌木などの茂っている辺にごく低く、一個の静かな火が見えていた。それは光の弱い火できわめて静かにじーっと沈んだようになっていた。私はこれを一つの陰火であったと今も思っているが、そこはよくケチビ(土佐では陰火をこういう)が出るといわれている地域
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