るということは、疑獄検事よりも犯人の方がまず知っているはずだ。いわんや聖骨によって開国を所期するの迂を正銘本気で考えた証拠として、敵の術策に最後まで思いおよばぬお人好しにまで自己を画きあげたほどの用意周到なオッペルトが、どうして金方ジェンキンスについて書こうはずがない。結局、海賊扱いのジェンキンス裁判からと同様、善人呼ばわりのオッペルト紀行からも、依然撥陵遠征隊事件の基本的な謎は解かれていない。
 だが、すでにこの事件に関して何が不明であるかがほぼ明らかにされた以上、二、三の合鍵をつくるのは、さまで困難ではないだろう。ジェンキンス裁判当時における輿論や、拘引理由や、「参審」の一人が後年発表したところや、またセワード総領事がワシントン政府に送ったという報告――「一、二の朝鮮王陵よりして遺骨を奪い、おそらくはそれに対する身代金を要求せんと企てたるもの」――は、ジェンキンスが他の何人にも関係なく自分で遠征資金を投機した場合として妥当する。だがそれならばわざわざ「証拠不充分」として、疑惑を残す必要もあるまい。第二に、ジェンキンスが総領事セワードから、撥陵遠征隊のプランを打明けたうえで費用を引出したと考えることは、両者の関係ならびに裁判の結果を一面裏付けるもののようではあるが、米国の利益と撥陵事件との内的関係は、『紀行』がフェロンにいわせている趣旨からはもちろんのこと、その他のいかなる趣旨からも理由づけられないていのものだ。そこで結局は、総領事セワード氏が領事館通訳者ジェンキンスに一ぱい食わされた――しかも発表できない点で食わされた――という仮説が成立ちそうだ。事実セワードは、ある文献によると、「出発前」のジェンキンスから遠征隊の目的は「条約を締結し、かつは米仏政府に対して朝鮮における外人殺害事件を釈明するための朝鮮国使節をヨーロッパに伴い来るため」であると告げられている。してみるとセワードは、撥陵計画については知らなかったとしても、遠征隊そのものについては事前に関知していたのである! 一方そもそもジェンキンスの報告に基づいてセワードが本国に禀請して成った対朝交渉案の実行を、公使ロウが大事をとってなかなか動かないので、セワードとしてはあせり気味の折でもあった。
 もとよりジェンキンスが欺《あざむ》いてセワードに撥陵遠征隊の資金を仰いだという仮説は、この種の事件がほとんどすべてそうであるように永遠に証明さるることのない仮説であり、たんに一つの合鍵であるのに過ぎないが、アメリカ外交史にとってはおそらく比較的名誉ある合鍵であろう。なぜなら、いかなる仮説も必要としない動かすべからざる事実として、オッペルト遠征隊事件の後三年目の一八七一年には正真正銘の合衆国遠征隊が、三艘の蒸汽船の代りにフリゲート一隻、コルヴェット二隻、砲艦二隻からなる大艦隊を伴い、牧師と山師の代りに全権ロウおよび提督ジョン・ロージャースに率いられて同じ江華島を襲い、五個の砲台を破壊し、破四百八十一門、軍旗五十流、朝鮮兵の生命二百五十を奪ったが、そのための理由は前に記したる大同江上の怪米船ジェネラル・シャーマン号の被害(※[#疑問符感嘆符、1−8−77])にあったのだから、どう弁じてみたところで「名誉ある」遠征とはいえそうもないのだ(この不名誉な居直《いなおり》強盗的遠征もまた失敗に帰した。米国の戦略は一八五八年の太沽《たいこ》砲台攻撃の故智にならったのだといわれているが、大院君は清帝とちがって、首都間近の砲台を破られても絶対に恐入らなかったから、空しく引揚げるほかはなかった)。
 最後にオッペルトの「物語」中、唯一の正しい告白は、神の教のためには王陵を曝くもまた可なりというフェロン師その人の心事のみであろう。儲けそこなった山師オッペルト自身は、著書『禁断国・朝鮮紀行』一巻を、フェロン師でなくドン・ペドロ二世に献題した。
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謹んでこの書を
ブラジル皇帝
ドン・ペドロ二世陛下に捧ぐ
陛下の保護によりて地理学および人種学の研究は長足の進歩を遂げたるが故に。
[#ここで字下げ終わり]
(オッペルトの『禁断国』は英独両語版とも、上野図書館にあるが、たしか英語版の方だったと思う、「明治十四年十二月七日購求、教育博物館印」と大きく押してあった。このほかにW・E・グリフィスの『仙逸国民』(一八八九)、モールスの『支那帝国国際関係史』、窪田文蔵氏『支那外交通史』その他を参照したことを付記しておく)。



底本:「黒船前後・志士と経済他十六篇」岩波文庫、岩波書店
   1981(昭和56)年7月16日第1刷発行
底本の親本:「服部之総全集」福村出版
   1973(昭和48)〜1975(昭和50)年
初出:「黒船前後」大畑書店、
   1933(昭和8)年9月刊
※底本は、
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