することができる。
 だが、しょせんそれは不可能であった。天候一変の節、存分役に立つだけ強力なエンジンを装備すれば、エンジンやボイラーの容積は大きく要る。機関部員も一人二人では済まなくなる。結局エンジンが遊んでいる日も得にはならない。さりとて、得になる程度の小規模な馬力では、いざ荒天となって、何の役にもたたぬ。
 この矛盾を解決してくれるものはないか? 詩にみちた、かぐわしい、帆船時代をとり戻すために? そして貧血した帆船業者を、昔の利潤にありつかせるために?
 たまたま二十世紀の前夜にあたって、ディーゼル博士が内燃機関を発明した。エンジンも、燃料も、きわめてわずかな容積で済み、熟練した技師が一人か二人あれば沢山、さあ問題は解決した、というので、一九一〇年頃から、ディーゼル・エンジンを補助機関に備えつけた日和見帆船がワンサとできた。
 だが、ディーゼルもまた従来発明されたすべての推進機関と同様に、結局は汽船をより「経済的」に武装した。二万トン以上のモーター・ライナーは今日ではけっして珍しくない。ディーゼルはあまりに経済的であった。――で、かりに一万トンの帆船がこの機関を有効な補助推進機関として据付《すえつ》けたとすれば、今度はついに七千八百平方ヤードの帆布が、それ相当のリギンが、マストが、そして、これらすべてに生命を与えるための相当人数のセイラーが、かえって「不経済」の原因となっただろう。
 帆船そのものが、否定されたのである。
 帆船輓歌は、ついに日和見主義の輓歌であった。



底本:「黒船前後・志士と経済他十六篇」岩波文庫、岩波書店
   1981(昭和56)年7月16日第1刷発行
底本の親本:「服部之総全集」福村出版
   1973(昭和48)〜1975(昭和50)年
初出:「中央公論」
   1932(昭和7)年9月号
※初出時の表題は「黎明期の船史」です。
入力:ゆうき
校正:小林繁雄
2010年4月26日作成
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