関として据付《すえつ》けたとすれば、今度はついに七千八百平方ヤードの帆布が、それ相当のリギンが、マストが、そして、これらすべてに生命を与えるための相当人数のセイラーが、かえって「不経済」の原因となっただろう。
 帆船そのものが、否定されたのである。
 帆船輓歌は、ついに日和見主義の輓歌であった。



底本:「黒船前後・志士と経済他十六篇」岩波文庫、岩波書店
   1981(昭和56)年7月16日第1刷発行
底本の親本:「服部之総全集」福村出版
   1973(昭和48)〜1975(昭和50)年
初出:「中央公論」
   1932(昭和7)年9月号
※初出時の表題は「黎明期の船史」です。
入力:ゆうき
校正:小林繁雄
2010年4月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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