たのは、先刻見た老婆に違いなかったが、さっぱりと着替えをして、頭を撫でつけている様子は、見違えるぐらい上品になっていた。
「先程は、まことに御苦労様でございました。今し方、お嬢様がお帰りになりましたので」
「いや、あっしこそ、御無礼《ごぶれい》いたしやしたが、御用は?」
「お嬢様の仰しゃいますには、夕景にお見え下さるそうでございますが、病人の気が立って居りますので、明朝にして頂きたいのだそうでございます」
「………」
「今夜一晩、病人の介抱に、人々の孝養《こうよう》の真似をいたしまして、明朝は、お城へ帰りますゆえ、その際なれば、ゆっくりお目にかかれようと、かように申されまして……」
「そんなら今日は、親子水入らずで、居たいと仰しゃるんですね」
「はい。わたしもお暇が出ましたので、親分さんが御承知下さいましたら、浅草の娘のところへ、泊まりにまいりますので……」
伝七は拾い上げた煙管に、きざみを詰めることも忘れて考え込んだが、やがて雁首《がんくび》で、長火鉢の縁を叩いた。
「ようござんしょう。お邪魔《じゃま》するのも、心ない仕業《しわざ》だ。またお前さんの折角の保養を、妨げても気の毒だ。
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