――ほんに飛んだ御難儀、お腰などおさすりしたい心でござんす」
黙って眼を閉じていた歌麿は、そういってにじり寄ったおきたの手の温《ぬく》みを膝許《ひざもと》に感じた。
「いや、折角《せっかく》の志しだが、それには及ばねえ。今更お前さんに擦《さす》ってもらったところで、ひびのはいったおれの体は、どうにもなりようがあるめえからの」
きのうまでの歌麿だったら、百に一つも、おきたの言葉を拒《こば》むわけはなかったであろう。まして七八年前までは、若い者が呆《あき》れるまでに、命までもと打込んでいた、当の相手のおきたではないか。向うからいわれるまでもなく、直ぐさま己《おの》が膝下へ引寄せずにはおかない筈なのだが、しかし手錠《てじょう》の中に細った歌麿の手首は、じっと組まれたまま動こうともしなかった。
「お師匠さん」
「――」
「お前さんは、殿様のお世話になっているあたしが、怖《こわ》くおなりでござんすか」
「そうかも知れねえ。おれアもうお侍と聞くと眼の前が真暗になるような気がする」
「おほほほ、弱いことをおっしゃるじゃござんせんか。そのような楽な手錠なら、はめていないも同じこと、あたしが外《はず
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