》当《あ》てさせようと、松江《しょうこう》が春信《はるのぶ》と懇意《こんい》なのを幸《さいわ》い、善《ぜん》は急《いそ》げと、早速《さっそく》きのうここへ訪《たず》ねさせての、きょうであった。
「太夫《たゆう》、お待遠《まちどお》さまでござんしょうが、どうかこちらへおいでなすって、お茶《ちゃ》でも召上《めしあが》って、お待《ま》ちなすっておくんなまし」
 藤吉《とうきち》にも、何《な》んで師匠《ししょう》が堺屋《さかいや》を待《ま》たせるのか、一|向《こう》合点《がってん》がいかなかったが、張《は》り詰《つ》めていた気持《きもち》が急《きゅう》に緩《ゆる》んだように、しょんぼりと池《いけ》を見詰《みつ》めて立《た》っている後姿《うしろすがた》を見《み》ると、こういって声《こえ》をかけずにはいられなかった。
「へえ、おおきに。――」
「太夫《たゆう》は、おせんちゃんには、まだお会《あ》いなすったことがないんでござんすか」
「へえ、笠森様《かさもりさま》のお見世《みせ》では、お茶《ちゃ》を戴《いただ》いたことがおますが、先様《さきさま》は、何《なに》を知《し》ってではござりますまい。――し
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