》きなよ。匂《におい》だぜ。このたまらねえいい匂《におい》だぜ」
「冗談《じょうだん》じゃねえ。おいらァいくら何《な》んだって、こんな匂《におい》をかぎたくッて、通《かよ》うような馬鹿気《ばかげ》たこたァ。……」
「あれだ。おめえにゃまだ、まるッきり判《わか》らねえと見《み》えるの。こいつだ。この匂《におい》が、嘘《うそ》も隠《かく》しもねえ、女《おんな》の匂《におい》だってんだ」
「馬鹿《ばか》な、おめえ。――」
「そうか。そう思《おも》ってるんなら、いまおめえに見《み》せてやる物《もの》がある。きっとびっくりするなよ」
 春重《はるしげ》はこういいながら、いきなり真暗《まっくら》な戸棚《とだな》の中《なか》へ首《くび》を突《つ》っ込《こ》んだ。

    五

 じりじりッと燈芯《とうしん》の燃《も》え落《お》ちる音《おと》が、しばしのしじまを破《やぶ》ってえあたりを急《きゅう》に明《あか》るくした。が、それも束《つか》の間《ま》、やがて油《あぶら》が尽《つ》きたのであろう。行燈《あんどん》は忽《たちま》ち消《き》えて、あたりは真《しん》の闇《やみ》に変《かわ》ってしまった。
「い
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