《こおろぎ》の片脚《かたあし》のように、頬《ほほ》を引《ひ》ッつらせながら、夢中《むちゅう》で吸《す》い続《つづ》けていたのは春重《はるしげ》であった。
七|軒《けん》長屋《ながや》のまん中《なか》は縁起《えんぎ》がよくないという、人《ひと》のいやがるそんまん中《なか》へ、所帯道具《しょたいどうぐ》といえば、土竈《どがま》と七|輪《りん》と、箸《はし》と茶碗《ちゃわん》に鍋《なべ》が一つ、膳《ぜん》は師匠《ししょう》の春信《はるのぶ》から、縁《ふち》の欠《か》けた根《ね》ごろの猫脚《ねこあし》をもらったのが、せめて道具《どうぐ》らしい顔《かお》をしているくらいが関《せき》の山《やま》。いわばすッてんてんの着《き》のみ着《き》のままで蛆《うじ》が湧《わ》くのも面白《おもしろ》かろうと、男《おとこ》やもめの垢《あか》だらけの体《からだ》を運《はこ》び込《こ》んだのが、去年《きょねん》の暮《くれ》も押《お》し詰《つま》って、引摺《ひきずり》り餅《もち》が向《むこ》ッ鉢巻《ぱちまき》で練《ね》り歩《ある》いていた、廿五|日《にち》の夜《よる》の八つ時《どき》だった。
ざっと二|年《ねん》。
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