とでだからの」
「そんなら止《よ》しなっ聞《きか》しちゃやらねえ」
「聞《き》かせねえ」
「だすか」
「仕方《しかた》がねえ、出《だ》しやしょう」
 すると春重《はるしげ》は、きょろりと辺《あたり》を見廻《みまわ》してから、俄《にわか》に首《くび》だけ前《まえ》へ突出《つきだ》した。
「耳《みみ》をかしな」
「こうか」
「――」
「ふふ、ほんとうかい。重《しげ》さん。――」
「嘘《うそ》はお釈迦《しゃか》の御法度《ごはっと》だ」
 痩《やせ》た松《まつ》五|郎《ろう》の眼《め》が再《ふたた》び春重《はるしげ》の顔《かお》に戻《もど》った時《とき》、春重《はるしげ》はおもむろに、ふところから何物《なにもの》かを取出《とりだ》して松《まつ》五|郎《ろう》の鼻《はな》の先《さき》にひけらかした。

    七

 足《あし》もとに、尾花《おばな》の影《かげ》は淡《あわ》かった。
「なんだい」
「なんだかよく見《み》さっし」
 八の字《じ》を深《ふか》くしながら、寄《よ》せた松《まつ》五|郎《ろう》の眼先《めさき》を、ちらとかすめたのは、鶯《うぐいす》の糞《ふん》をいれて使《つか》うという、近
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