》の人《ひと》からいい寄《よ》られても、死《し》ぬまで動《うご》きはいたしませぬ。――もし、吉《きち》ちゃん。……」
ぽたりと落《お》ちたおせんの涙《なみだ》は、菊之丞《きくのじょう》の頬《ほほ》をぬらした。
「これはまァ折角《せっかく》お化粧《けしょう》したお顔《かお》へ。……」
おせんはもう一|度《ど》、白粉刷毛《おしろいばけ》を手《て》に把《と》った。と、次《つぎ》の間《ま》から聞《きこ》えて来《き》たのは、妻女《さいじょ》のおむらの声《こえ》だった。
「おせんさん」
「は、はい。――」
「お焼香《しょうこう》のお客様《きゃくさま》がお見《み》えでござんす。よろしかったら、お通《とお》し申《もう》します」
「はい、どうぞ。――」
あわてて枕許《まくらもと》から引《ひ》き下《さ》がったおせんの眼《め》に、夜叉《やしゃ》の如《ごと》くに映《うつ》ったのは、本多信濃守《ほんだしなののかみ》の妹《いもうと》お蓮《れん》の剥《は》げるばかりに厚化粧《あつげしょう》をした姿《すがた》だった。
おせん (おわり)
底本:「大衆文学代表作全集 19 邦枝完二集」河出書房
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