大名《だいみょう》旗本《はたもと》の屋敷《やしき》に、如何《いか》なる騒《さわ》ぎが持上《もちあが》っていようとも、それらのことは、まったく別《べつ》の世界《せかい》の出来事《できごと》のように、菊之丞《きくのじょう》の家《うち》は、静《しず》かにしめやかであった。
座元《ざもと》をはじめ、あらゆる芝居道《しばいどう》の人達《ひとたち》はいうまでもなく、贔屓《ひいき》の人々《ひとびと》、出入《でいり》のたれかれと、百を越《こ》える人数《にんずう》は、仕切《しき》りなしに押《お》し寄《よ》せて、さしも豪奢《ごうしゃ》を誇《ほこ》る住居《すまい》も所《ところ》狭《せま》きまでの混雑《こんざつ》を見《み》ていたが、しかも菊之丞《きくのじょう》の冷たいむくろを安置《あんち》した八|畳《じょう》の間《ま》には、妻女《さいじょ》のおむらさえ入《い》れないおせんがただ一人《ひとり》、首《くび》を垂《た》れたまま、黙然《もくねん》と膝《ひざ》の上《うえ》を見詰《みつ》めていた。
ふと、おせんの固《かた》く結《むす》んだ唇《くちびる》から、低《ひく》い、微《かす》かな声《こえ》が漏《も》れた。
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